旧渡辺甚吉邸復原での3Dデータ活用
2022.07.05
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
今回は歴史的建築物の移築・復原における3Dデータの活用について触れたいと思います。
当社は2022年4月に茨城県取手市の「ICI総合センター」内に昭和初期の近代住宅建築の最高
傑作の一つにあげられる「旧渡辺甚吉邸」を東京都港区白金台から移築復原しました。
まず経緯をご紹介します。旧渡辺甚吉邸は岐阜を代表する実業家である渡辺 14代 甚吉の私
邸として1934年(昭和9年)に東京都港区白金台に建てられました。イギリスの「チュー
ダー様式」の特徴であるハーフティンバー(柱、筋交い、梁などの骨組が外部に露出したデザ
イン)・非相称な建物の配置・高い煙突を採用したデザインは、渡辺の同郷でハウスメーカー
「あめりか屋」から後に「エンド建築工務店」を設立した遠藤健三と、彼の早稲田大学時代の
先輩にあたる山本拙郎との設計になります。山本拙郎は住宅観をめぐる「拙新論争」が有名で、
藤森照信先生は自著で山本拙郎のことを「日本最初の住宅作家」と称しています。また細部装
飾・照明等を「幻のデザイナー」として名高い今和次郎が手掛けており、後世に残す価値のあ
る歴史的建築物と言えます。
そんな旧渡辺甚吉邸が白金台での役目を終え解体されることになりましたが、建築史研究者・
建築家など多くの関係者有志による「在港区白金・旧渡辺甚吉邸除却予定に伴う緊急解体と
一時保管要望書」が2018年7月当社宛てに届きます。当社は要望を受け入れ、まず甚吉邸の解
体と部材保管を開始しました。その際に解体前の建物全体を3Dスキャンし、解体中も精密な
レリーフが施された部材についてはリバースエンジニアリング用のハンディスキャナでデータ
を残しました。これについては以前行った恐竜の化石標本(リンク先写真)の複製製作時のノ
ウハウが活きたかと思います。
画像はこの建物を象徴する部屋である食堂の3Dスキャンデータです。解体前は特徴的な天井
レリーフがアスベスト含有の可能性を危惧していたのですが、結果的にこの大半の部分は生捕
りして再利用が可能となりました。このように様々な形式でデータを残していますが、仮にオ
リジナルが消失した場合にまた復原が出来るか?という視点で改めてデータを見てみようと思
います。
一旦解体された部材は倉庫に保管していましたが、当社の「ICI総合センター」内に移築復原す
ることが決まり、2020年9月から工事を開始しました。オリジナルの材料をそのまま再利用す
ることを前提にしていましたが、外部で損傷の激しかった破風板等については新しい材料から
再製作を行うことになりました。3Dスキャンデータを基に新しい木材を当社の開発した多軸
加工機「WOODSTAR」で切削して当時の彫刻を施しました。
人の手による彫刻とロボットによる切削の違いは、良く見ると使用する刃物の違いで入隅の彫
が甘い等の違いがあることがわかります。現物をご覧になる機会があれば、破風板の左側がオ
リジナルを補修したもの、右側がロボットが切削したもの、両方が並んでますので比較いただ
ければと思います。
その他にも様々な作業を経て約1年半、併設する別館のW-ANNEX竣工と同時にこの移築復原
は完了しました。ちなみにW-ANNEXはツバメアーキテクツさんに設計を協力いただいており
ます。この二つの甚吉邸とW-ANNEXの建物はICIの3つ目の核である「ICI STUDIO」と名付
けられ、今後は技術のみならず、⽂化・芸術・ヒト創造拠点として利用する予定です。まだ一般
公開は行っていませんが弊社ICI総合センターにお立ち寄りの際には是非ご覧になって下さい。