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コラム

BIMで維持管理が変わるという幻想

2022.07.14

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

表題について、いつか書こうと思っていた。
 
当サイトのコラムニストの方々がこれまでに何度か維持管理でのBIMの活用について記事にさ
れてきたし、それぞれのお立場での経験に裏打ちされたご発言に、思わず膝を打つことも少な
くなかった。そんな訳でなかなか筆が進まなかったのだが、維持管理でBIMを活用したいのだ
がどうすればよいかという類いの相談が再び多くなり、それについて思いを書こうと決めた。

実はこの類いの相談、初めて受けたのは約10年前、Y設計事務所のH氏からであった(2021年
4月22日のコラム「BIMで人を不幸にしたことありますか」)。その時の相談と最近受ける相
談が何ら変わっていないことに自身の無力を痛感するところであるが、それはさておき、そも
そも何か根本的な思い違いがあるのではないか、と今回のコラムでは疑ってみようと思う。
 
維持管理とは英語でOperations and Maintenanceと表記され頭字をとてO&Mと略される。
建物の運用と保全に関わる業務であり、建物が竣工した直後から始まり解体まで継続される。
建物が竣工するまでの期間に比べ解体されるまでの期間は長く、コストも後者の方がはるかに
大きい。
話は変わるが、BIMは建築を構成する部位の立体モデルに様々な属性情報を付与することがで
きる。この属性情報を維持管理で利用できるのではないか、というのが維持管理でBIMを活用
するという発想の大抵の源であろう。しかし、である。維持管理の現場を思い出してほしい。
もしくは、維持管理の現場をあまりご存じない方は、よく調べてほしい。この発想の源だけで、
維持管理の何が支援できるだろうか。
 
まずはデータ量に着目する竣工までに発生する維持管理に必要な属性情報のデータ量に比べ、
竣工後の建物の運用と保全に関して発生するデータ量の方がはるかに大きい。BIMデータの持
つ竣工時の情報をいかに活用するか、ということはもちろん大切なことであるが、竣工後の情
報をいかに収集し、それをBIMモデルに紐付け、活用するか、ということが重要になる。竣工
までの情報でできることと言えば、せいぜい維持管理の対象施設が備えている管理対象部位の
台帳を容易に作成できるに留まる。
 
では、維持管理の現場で日々発生する情報をどのようにBIMモデルと紐付けるのか。現場で紙
と鉛筆を用いて記録し、事務所に戻ってExcelやウェブベースの報告書に入力する、というの
が従来の作業手順であろう。BIMを導入したとしても、紙に記録した情報を事務所に戻って
BIMソフトウェアに入力することになり、記録の二度手間が解決されることはない。
また、維持管理に欠かせない(が、実は無用の)報告書はBIMモデルに情報が入力されただけ
では作成することはできないし、BIMデータが膨大な維持管理の履歴を格納できるとは思えな
い。
 
さらに。どのようにしてBIMモデルに紐付けられた維持管理の履歴を見るのかという問題があ
る。維持管理の現場にいる方々は、ほとんどが建築の専門教育を受けていない。ご高齢の方も
多く、パソコンが上手く使えないことも多々ある。BIMソフトウェアは建築の設計者が設計を
するためのプロの道具である。プロの設計の道具を設計と無関係な人が違う目的のために使い
こなせるとは到底思えない。維持管理の履歴を見て何をするのか、という問題もある。もっと
も、印刷した報告書のファイルの束をひっくり返すよりはましではあるが。
 
と、いうわけで、BIMがないと維持管理の効率化は考えられないが、BIMだけでは維持管理の
台帳作成以外ほぼ何もできない。修繕や更新工事に使えるという声を聞くが、設計や施工側か
らしか維持管理を見ておらず、それは業務のごく一部である。
必要なのは、表に現れないBIMと、維持管理に特化したモデル、それと結びつけられたデータ
ベース群、スマートな携帯デバイスや情報閲覧ソフトウェア、新しい維持管理業務のフロー、
維持管理履歴の利活用である。
 
実は10年来ずっともやもやしていたBIMを活用した維持管理の取り組みに、最近光明が差して
きた。2020年から始めた公団住宅を管理する企業との共同研究で、実はこれなんじゃないか、
というプロトタイプができつつある出向元に戻られたKm氏とS氏今もご担当のKk氏をはじ
めとする施設管理業界の今後に危機感を抱く人々によって、その取り組みは支えられている。
 
今必要なのは維持管理へのBIMの導入ではなく、維持管理のDXである。

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授