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コラム

BIMに「GRIT(やり抜く力)」は通用するか?

2022.10.11

パラメトリック・ボイス
              スターツコーポレーション /
Unique Works 関戸博高

偶然というのは不思議だ。ウクライナの戦争が始まってから7ヶ月。YouTubeで海外ニュース
を見るようにしているしばらくしてスプレー上にTEDで「GRIT」について語るアジ
ラ・ダックワース(米国の心理学者)の姿が、繰り返し表示されるようになった(YouTubeの
作戦?)。「GRIT」とは「やり抜く力」を意味し面白そうなので、彼女の本『GRIT』を買っ
てみた(好奇心!)。
何年か前に発行されているので、読まれた方も多いのではないだろうか。彼女はそこで人生で
何を成し遂げられるかは、「生まれ持った才能(例えばIQ)」よりも「情熱」と「粘り強さ」
によって決まる可能性が高いと語っている。この本は、多くの成功者(鉄人)のインタヴュー
や他の心理学者の成果が踏まえられていて、説得力がある。
一方、このところBIMデータ連携において「日本のBIMは本当に前に進んでいるのだろうか」
という疑念がズーと頭を離れないそう思わせる停滞感がなぜ出てくるのか『GRIT』を読み
ながら、その理由を明確にできないかと思った。「GRIT」の研究対象は、「成功する者」と
「失敗する者」の個人やチーム構成員の心を対象としており、組織・企業・社会を母体とする
BIMを扱う環境とは異なるが、究極的な単位となるのは、一人ひとりの人間とその集団だとい
うことでは、この心理学の研究成果が応用できるのではないかと思ったからだ。
 
①最上位の目標=コンパスの不在
前号でも書いたが、BIM-EC コンソーシアムでは、これからPoC(概念実証)に入ろうとして
いる。いくつかの課題の中で、IFCと分類コードの二つが重要テーマになっている。両者とも、
ご存知の通りBIMのデータを連携させるための、基本的な役割を担う仕組みである。これらを
使いこなすための試行錯誤を繰り返しつつPoCに入る直前までは来ている。だが必要にして十
分と言えるには、更なる積み重ね(作業と検証)が必要である。
ここで、先ほどの疑念が湧いてくる。
日本のBIM元年と言われた2009年から既に13年が経過している。この期間で建設業界は、
BIMのデータ連携により、どれ程の生産性を上げることができたのだろうか。IFCと分類コー
ドのなどの実質的な運用システムに対して、日本の建設業界、政府、そしてその周辺の団体や
推進会議は、ゼロとは言わないが、どれだけの有効な手を打って来たのだろうか。私の知って
いる限りでは、現時点ではかなり絶望的で、残念ながらビジネスのスピードに、ついてこられ
ていないと感じている。
もちろんこれまで色々なBIMに関わるソフトは開発されてきた。それにより多少は便利になっ
たこともあるだろう。最大手のゼネコンも多額の投資をしているが、自社のためのソフト開発
であったり、各社横並びの似たものを開発したりしていることが多い。中小の建設会社も、市
販のソフトを使う以上には、それほど出来ていないのではないだろうか。これでは、日本とい
うスケールでBIMのデータ連携を通じて生産性の向上を目指すには、ほど遠い状況と言わざる
を得ない。なぜ目指すべき事が進まないのだろうか。なぜ企業も政府もこの中途半端な状態を
そのままにしているのだろうか。極端な言い方をすれば、これはおそらくBIMのデータ連携を
インフラ構築と捉え、国レベルで生産性を上げようと考えていないからではないだろうか。
この状況を『GRIT』では「コンパス」の不在と表現し、「やり抜く力」の弱さの原因でもあ
り結果だと指摘している。
「最上位の目標は、ほかの目的の『手段』ではなく、それじたいが最終的な『目的』なのだ。
心理学では、これを『究極的関心』と言う。私はこの最上位目標を、その下に続くすべての目
標に方向性と意義を与える『コンパス』だと考えている。」(p90)
「『やり抜く力』が非常に強い人の場合、中位と下位の目標のほとんどは、何らかの形で最上
位の目標と関連している。それとは逆に、各目標がバラバラで関連性が低い場合は、『やり抜
く力』が弱いと言える。」(p91)
 


②プラスの同調性へ
ここでもう一度「やり抜く力」に注目したい。「GRIT」は基本的には個人の心の問題を扱っ
ているが、組織の文化とメンバーの「やり抜く力」の関係やリーダーシップについて次のよう
に述べている。
「自覚のあるなしにかかわらず、私たちは自分が属している文化、自分と同一視している文化
の影響を、あらゆる面で強く受けている。」(p330)
「自分の『やり抜く力』を強化したいなら、『やり抜く力』の強い文化を見つけ、その一員と
なること。あなたがリーダーの立場にあり、組織のメンバーの『やり抜く力』を強化したいな
ら、『やり抜く力』の強い文化をつくりだすことだ。」(p331)
また、他の研究者のこんな話も書いている。「(『やり抜く力』を身につける方法は、ふたつ
あり)大変な方法は独力でがんばること、ラクな方法は同調性を利用するんです。」(p334)
その通りだと思う。しかし逆を言えば由々しき事に、まさに負の文化の中でその同調圧力によ
り、ラクな方へ流されている「日本社会」先行きの困難さを思わざるを得ない。
 
以上で本稿は終わるが、BIMが置かれた「やり抜く力」が弱いがゆえの問題点が、少し具体的
に見えたのではないだろうか。ここを何とかしないと先が無いと思うのは、私だけだろうか。

関戸 博高 氏

Unique Works     代表取締役社長