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コラム

オルタナティブBIM、あるいはFMIM

2022.11.25

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

個人的な話で恐縮だが最近移動手段をガソリン車から電気自動車(EV)に替えたEVが脱炭素
社会の実現にどれだけ貢献できるのかについては様々な意見と議論があるようだが、個人で何
ができるのかを考える良い機会にはなった。それよりも技術的興味の方が動機として大きかっ
たというのが正直なところである。
ご存知の方も多いと思うが、一般的に国内のEVは200V/15A程度の交流による通常充電と、大
容量の500V/100Aやそれを超える直流による急速充電の2つの方法でバテリーに充電をする。
通常充電は200Vのコンセントを用いるが、バッテリー容量によっては満充電まで半日以上の時
間を必要とする。我が家も駐車スペース近くに200Vのコンセントを設置したが、半日近く200V/15A(3kWなので100V換算で30A)の電気を使うことに少なからず驚いた。自宅では充
電に一晩かけることができるが、外出先では半日も待てないので街中の急速充電器を利用する
ことになる。この急速充電がなかなか興味深い。
 
急速充電はバッテリーに負担をかけ劣化の原因となる。そのため、急速充電ではEVと充電器が
通信をしながら充電出力を制御し、過度な負荷をかけずなるべく短時間で多くの充電をする仕
組みが必要となる。現在世界中で複数の急速充電規格(プラグの形状や通信プロトコル)が並
立しているが、日本国内ではCHAdeMOが主流となっている。各規格はどれも双方が通信をし
てバッテリーの空き容量や温度に応じて受け入れ可能な電気量をEVが提供し、それに応じて充
電器が充電出力を調整する。一般的には充電が進みバッテリーの空き容量が減ると充電出力を
減らしていく制御をするらしいが、双方の制御アルゴリズムはメーカーや製品ごとに区々であ
り、EVと充電器の組み合わせや状況によって時間当たりの充電量が異なることとなる。ガソリ
ンは1リットル当たりの単価で給油時の価格が決まるが、現在の国内の急速充電は一度の充電
時間が最大30分となっており、その間の充電量ではなく時間当たりの単価で価格が決まる仕組
みをとっている。充電出力は充電器によって異なり (40kw, 50kw, 90kwのものを見かけるこ
とが多い)、更に充電プラグが複数ついているものではEV1台が充電する場合と2台で充電する
場合(電気を分け合う)で充電出力が変わる。不条理とも思えるがパラメータの多い最適化問
題という見方をすれば、どうすれば同じ時間でより多くの充電量を確保できるかという工夫に
つながる。実際に外出する際にはどのEVをどこの急速充電器で充電したらどのくらい充電でき
た、といったSNSでの情報が参考になる。また、サービスエリアで充電時間にたまたま隣り合
わせた他のEVオーナーと世間話をして充電のノウハウを教えてもらったりもしている。そして
急速充電器のパネルに表示される出力電圧と電流値を掛け算し、「何kw出てる!」などと言い
ながら一喜一憂している。
 
EVに乗り換えてみるとガソリン車とは色々と勝手が違うことがわかった。イニシャルコストと
ランニングコストの違いは一番最初に実感したが、エンジンオイルの交換が不要だということ
も考えてみたら当たり前だが不思議だった。ガソリン車と比較して航続距離が短いので、中長
距離では「充電プラン」を意識し時としてネットワークで空いている急速充電器を調べて双六
をするような感覚で移動すればよいことがわかった(EVオーナーは運転中の「電欠」を何より
も恐れる)。給油は2~3分で済むが急速充電は一回30分かかるので、その間に何をするかと
いうことも意識するようにもなった。それ以外にもいろいろと面白い違いがあるのだが、今の
ところはオルタナティブな移動手段としてまずまず満足している。現在国内のEVの普及率は
1~2%程度らしいが、今後のEV普及とあわせて出かけるたびに充電渋滞に巻き込まれること
がないよう、急速充電設備の性能向上と整備充実に期待したいところだ。
 
ファシリティマネジメント(FM)はPDCAサイクルに基づく継続的な改善行為と捉えることがで
きる。建物の運営・保守・維持管理において、「FM戦略・計画」「プロジェクト管理・運営
維持」「評価」「改善」とそれらを結びつける一連のプロセスの中で、「今よりもこれからを
より良くすること」に向き合う。毎回同じことを繰り返すのではなく、継続的なPDCAの実践
によって建物の状態や価値をスパイラルアップさせることこそがFMの本質だと言えるだろう。
PDCAによるスパイラルアップにおいては新たな課題抽出と改善の評価を続けることが不可欠
であり、そのための手段として建物データの整備と活用が重要となる。既存建物の修繕・改修
や運用だけでなく新築やリロケーションと言ったものもまた、現状の評価と課題設定に対する
FM的な視点による改善の実施と捉えることができる。
PDCAサイクルによる改善では現状把握によるAsIsの設定と、あるべき姿であるToBeとの
ギャップを元にした課題抽出、施策立案と効果のシミュレーション、施策実施後の評価といっ
たそれぞれのフェーズで建物データを活用することとなる。建物データを取得する上でBIMモ
デルの情報を利用することは合理的だが、建築生産のためのBIMモデルは物理的に立案された
改善案を記述したものであり、FMの目的にもよるが必要な情報すべてを取得することは容易
ではない。これまで建物部位・機器の性能諸元やスペースに関する情報をBIMモデルに付加す
ることで、保守・維持管理といった建物のハードウェア面の改善に必要な情報の共有と流通が
可能であることは検証できている。一方、建物オーナーやユーザーが求める建物のソフトウェ
ア面での評価や課題抽出を行うための情報を蓄積・管理・取得する建物モデルはまだ見えてい
ないように見える。
 
最近の建物オーナーやユーザーの主な関心事のうち、エネルギーマネジメントやレジリエンス
については建物のハードウェア面での性能に関する情報を元にした評価や課題抽出ができると
考えられる。しかしウェルネスや居心地、ユーザーエクスペリエンス、事業性評価や資産活用
といった建物のソフトウェア面を評価し課題を抽出するためには、これまでとは別の建物デー
タやBIMモデルが必要となるように思える。
新築でも既存建物の改修でも、発注者の事業やアクティビティ、建物に対する投資やビジネス
に関わるサービス、建物ユーザーが求める空間体験を記述し評価する建物モデルが提示できれ
ば、建築を提供する側がそれらを理解・評価し新たな改善案の策定と立案につながるデザイン
や建築生産プロセスが実現できるかもしれない。そのために、ソフトウェア側から見た建築を
モデリングする方法を考えてみても良いかもしれない。現在のBIMは主として建築生産のため
の建物のハードウェア面をモデル化する手法として洗練され成熟してきた。この延長でのBIM
の拡張も重要だが、建物自体やユーザーエクスペリエンスを自然言語で説明したり、事業性や
ビジネスコストから空間を捉えたりする建物モデルといった、よりFM的な視点からの建物モデ
ルを考え始めてもよいのではないかと思うようになった。時間が必要かもしれないが、建物の
ソフトウェア面でのワークフローやモデル化手法が具現化できれば、それがオルタナティブ
BIMまたはFacility Management Information Modeling(FMIM)と呼べるものになるのかもし
れない。
 
去る10月28日、実に3年ぶりにTFTホールに足を運び、リアル開催されたArchi Future 2022
に参加した。大勢の来場者と共有した「場」は静かだが熱く、期待以上に多くの刺激とイン
プットを得る一日となった。同時に久しぶりに顔を合わせた数多くの方々と最近の動向や課題
について情報と意見の交換ができた。企画段階では開催時の新型コロナウィルスの状況を予測
することは容易ではなかったはずである。それでもリアル開催を英断され盛会とされた実行委
員会の方々には心から敬意を表し深く感謝を申し上げたい。
建築領域の深化と拡張のために建築以外の分野の最新情報を結びつけることができるイベント
は、Archi Future以外なかなか見当たらない。毎回「来場者それぞれの建築領域と結びつける
ことができる最新の何か」を得ることができ、それが最大の価値だと思っている。自身の専門
領域と結びつける何かであるから設計・施工・FM・その他と様々な分野の人が場を共有でき
る。提示された情報や答えを持ち帰るのではなく、会場で新たな問題を発見して持ち帰ること
がArchi Futureの最高の楽しみ方だと今回も実感した。

 EVの2つの充電プラグ(左:通常充電 右:急速充電)

 EVの2つの充電プラグ(左:通常充電 右:急速充電)

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長