デジタルW/高層木造建築
2022.11.29
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
「Archi Future 2016」で講演をお願いした「Foster + Partners」が、9階建て木造高層建築
の計画を渋谷で進めている。着工も間近だという。
Yahoo! ニュースによれば、1971年の開店以来、約50年にわたり営業を続けてきた「渋
谷マルイ」が、日本初の本格的な木造商業施設として2026年に生まれ変わる。新店舗の基
本デザインは1967年にノーマン・フォスター氏が設立した前述の「Foster + Partners」
が担当。耐火木材などで構造の約60パーセントに木材を使用した本格的な木造商業建築となり、
鉄骨造で建替えた場合と比べ約2,000トンのCO2排出量の削減が出来るという。
“杜のスタジアム”と呼ばれる国立競技場は、鉄骨と木材のハイブリット構造で杉材とカラマツ
が、およそ2,000立方メートル使用され、47都道府県の木材が採用された。
遡って伊東豊雄・竹中工務店設計の1997年に竣工した大館樹海ドーム(ニプロハチ公ドー
ム)は、樹齢60年以上の秋田杉、およそ2万5千本で、アーチ構造に構築した高さ52mの
卵型ドーム。国内最大級の木造建築である。
現在、実現している世界で最も高い木造建築物は、ノルウェーの「ミョーサタワー」だという。
2年かけて建設され、2019年3月に完成している。高さは約85.4m、18階建てで、4階分のオ
フィススペース、33の集合住宅、72室のホテル、1店舗のレストラン、共用部の屋上テラスで
構成されている。田園とノルウェー最大のミョーサ湖が見渡せる風景だという。次にバンクー
バーに建てられた18階建て学生寮のブロック・コモンズ だ。混構造で柱や床といった主要構
造材に木を用いている。高さは58.5m。北米の森林資源の市場開拓とCO2固定の地球環境保
全が目的だという。
シカゴでは、80階建ての「リヴァー・ビーチ・タワー」、ロンドンでは、80階建ての「オーク
ウッド・タワー」、スウェーデンのストックホルムでは、高さ約130mの集合住宅など、何れ
も木造超高層建築の構想案や提案であるが興味深い。
現在の日本では、CO2排出を抑える目的と目標の基で、木造建築の大きなベクトルが生まれ
つつある。2018年に、企画構想と木質エンジニアリングを住友林業。建築設計と構造設計
を日建設計が担当した、高さ350m、地上70階の木造超高層建築の実現を目標とする「研究技
術開発構想案」=「W350計画」をいち早く発表した。未だ案ではあるが、インパクトを強
く感じる。報道やホームページなどでの情報によれば、中・高・超高層建築の木造化・木質化
と“街を森にかえる”のコンセプトを掲げ環境木化都市の実現をめざしている。この構想計画は、
住友林業の研究開発機関として2019年10月に完成した筑波研究所の新研究棟が引継ぎ、建
築構法や環境配慮技術、使用部材、資源となる樹木の開発の礎として研究を継続するという。
創業から350周年を迎える2041年の実現を目標に更なる開発が続けられる。最終帰結は、
法的整備や火災、地震などに対し高い安全性を備えた日本独自の木造超高層建築の実現を期待
している。
近々の別事例では、国内最大級の長さ22mのCLTパネルを使った梁が、岡山大学の新校舎
で施工された。梁のほかにも壁などにCLTを多く使った木造2階建てとなっている。建築家・
隈研吾氏が監修。2022年12月に完成予定。岡山県は、CLTの促進に力を入れ、地域産
業活性化の一助として期待しているという。
今後も木造建築は、住宅を中心に中・高・超高層などの高層化など多くが現実化すると考えら
れ、現在、日本が大規模建築も視野に木造化建築の曙を迎えたと言える。
一方、1本の樹木を余すことなく全てを利用し、販売をする木材会社がある。樹木の根元深く
から枝先まで、いろいろな工夫で販売ルートに乗せている。製材で板材や薄板、柱材になるの
は、およそ25%だという。1本の木を限りなく100%近くまで商品化。チャレンジでもある。
樹木の全てを活用出来れば、2~4倍の売上げとなり、樹木の価値と木材販売の基盤が変わる。
ひいてはSDGsへの貢献度がより高くなるともいえる。
周知のことであるが樹木の成長や生育には、光合成が不可欠である。この合成過程で樹木は、
二酸化炭素を吸収し蓄える。蓄えられたCO2は、大気中に排出されることはないという。併
せ、酸素を供給する。概算だというが、日本の森林は年間1億トンの二酸化炭素を吸収し、年
間7,100万トンの酸素を供給している。木材重量の半分が炭素。更に、継続可能にする条件と
して、森林が持続可能な状態で管理され、併せ、木造建築内のCO2が、建物の解体後や製品
化された後に何らかの形で大気中に排出されずに保存されることが重要だという。
1980年代にEUで始まった多層階を含む木造化建築推進の潮流は、1990年代に日本に
も辿りつき、前述のように更に勢いを増している。併せて、小生が関わっている“ディテール
誌”にもCLTを含め多くの木造系の建築が登場し増加している。ARXが設計した「S&I」
の建築を米国の出版本に採りあげてくれたCasey Mack氏から、日本の木造建築事例や進捗状
況の問い合わせがあった。海外でも日本の状況に関心があるらしい。これを機に火災や地震に
弱いと言われてきた木造の最新技術の流れを再確認したい。
小生の記憶では、ピン工法治具の発明・開発が、住宅系木造住宅の信頼性を高めたといえる。
集成材の柱や梁、土台などを金物で全て結合させる。金物の治具で柱と梁を固定するのがドリ
フトピンである。秋山東一氏2004年著の「Be-h@usの本」によれば、沖縄の工務店社
長、呉屋氏が考案した木造在来工法用の金物「クレテック」が、最初だという。一方、寒冷地
の北海道での住宅系は、当時の課題である高気密、高断熱のベクトルで研究と開発が進んでい
た。この走りともいえる「住宅気候研究所」の菅波貞男氏を中心に開発した「ザ・在来」が発
表され、後に、クレテック金物と結びつく。この波は、木造系住宅のフォルクスハウスなどの
プロトタイプ化に結実していった。OMソーラーを中心に手掛ける全国の工務店は、日本の気
候風土に適応した地域建築を低炭素・省エネルギーの研究開発と共に、自然エネルギー利用の
先駆者として、持続可能な社会の実現と貢献を課題として展開しているという。この本を読み
直してみるとコンピュータがやっと個人レベルで使われ始めた時であり、ノート型PCが出始
めた頃。しかし、秋山氏のデジタルと住宅設計動向の示唆とマニアック的な取組には驚かされ
る。現在に繋がる環境の変化、エコロジー、サスティナブル、地球環境課題などをこの本では、
既に見据えていた。
その後、金物工法は、中規模やSE工法などの展開に繋がり、各ハウスメーカーなどが似て非
なる金物工法を各種開発している。地震国日本での木造系構造計算も国立研究開発法人建築研
究所による大規模な構造と火災実験などにより信頼度が高くなり、今では事例数に限りが無い。
前述の新国立競技場の設計では、BIM技術の有効利用が促進されているが、数値制御での工
場加工が主流の現在、大型の木造建築での設計だけに留まらず、住宅の設計や施工でのBIM
利用も進みつつある。最近、RC造の壁に耐震補強の筋交いとして国産材の集成材を使用し、
工期を短縮し、CO2の発生を抑える技術が大手ゼネコンから発表された。地球が気候変動と
いう大課題に直面するなか、日本でも新構造系素材として国産の直交集成材=CLTなどが開
発されている。今後は、構造治具、デザインとコラボした金具の開発も望まれる。木造に馴染
むカーテンウォールやサッシの開発も期待している。
近年、この新しい材料をデジタル製造プロセスと組みあわせることによって、中・高層木造建
築が可能になってきた。併せ、二酸化炭素を閉じ込める働きもする。
検索で調べて見るとBIMなどを利用した木造建築の事例が見受けられ、デジタル技術の展開
と共に木造建築の設計スキルが向上していることが理解出来る。プレカットなどの木材精密加
工には、CNC=コンピュータ数値制御やロボット化などコンピューテーショナルなスキルが不
可分となっている。2×4などのパネル工法もしかりである。
話は変わるが、地球で陸地が占める割合は、およそ30%。日本国土で森林が占める割合はおよ
そ68%だという。OECD加盟国の中でフィンランドに次いで世界第2位。しかし、森林大国
でありながら、国産材の自給率は約3割前後と低い。その森林の約40%が成木や老木。現在、
伐採を迎える最終時期であり、森林が廃れない瀬戸際で見逃せないという。一方、日本の森林
のカーボン排出権の確立は可能なのか。取引による収益を間伐材の整備や森の活性化に生かせ
ないのかとの期待もある。オーストラリアやブラジル、エジプトで11月6日から開催されてい
た国連気候変動枠組条約第27回締約国会議のCOP27に合わせて、アフリカ・カーボンマー
ケット・イニシアチブ(ACMI)が発足した。遅々ながら着々と進められているようだ。日本
では、間伐材利用の木質ペレットによるバイオマス発電への有効利用なども活発になりつつあ
り、日本流に特化し、森の整備と環境開発に寄与しているといえる。
結びになるが、最近、発見され登場したカポックという自然材がある。綿の8分の1の重量。
極細で、吸湿発熱があり、かつ、空洞で保温性が高いという。加工が難しく厚5mmのシート
にすることで展開が可能となり多方面で応用出来るようになったという。これにより衣類など
への利用を促した。薄手で温かく衣類デザインの幅が拡がったようだ。木に結実し、成長が早
く蕎麦と同様、年に2回も収穫出来るという。伐採ではなく継続収穫が出来るため、綿や羽毛
に比べても環境負荷が小さいといわれている。衣食住の各領域で地球環境の次世代への取り組
みが進んでいるようで、楽しみでもある。