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コラム

コモングラウンドの部分から全体を模索する中で

2023.03.09

パラメトリック・ボイス           東京大学 / MAAP 宮武 壮太郎

この度、東京大学豊田啓介研究室の研究員が持ち回りでコラムを執筆する機会をいただき
ました。
初回は特任研究員の宮武が担当し、在籍したこの2年間にコモングラウンド周辺の実務と
研究を通して得た自身の学びや気付きを一旦振り返るとともに、豊田研がどのようなメン
バーで活動しているか少しずつオープンにできる機会にできればと思います。
 
豊田研究室は2020年9月に東京大学生産技術研究所内に設立されデジタル技術と都市
建築の融合に関する領域、特に「コモングラウンド」と呼ぶ新しい分野に関わるリサーチ
および基礎技術開発を、産学連携の活動を通して行っています。メンバーはフェローを含
めると、建築・都市のデザイン、BIM、深層強化学習エージェント、ゲームエンジン・
ゲームAI、ブロックチェーン・NFTアートなど、デジタルとフィジカルを横断する異なる
分野の研究者および実務者が在籍し、共同研究や定期開催の勉強会を通して、コモングラ
ウンドの全体像の描出および体系化、基礎技術開発を目指しています。個人的には、この
誰も全体像を把握していなかった新しい概念について、異なる出自や専門領域の人間が知
識や意見を出し合い、少しずつ精緻化しながら共有していく過程と、それができる環境が
面白いと感じています。
 
「群盲象を評す」というインド発祥の寓話があります。この話には、数人の視覚障碍者ま
たは暗闇の中の男達が登場します。彼らは、それぞれゾウの鼻や牙など別々の一部分だけ
を触り、その感想について語り合います。しかし触った部位により感想が異なり、話が嚙
み合いません。しかし何らかの理由でそれが同じ全体の中の別の部分であると気づく、と
いうのが大まかなあらすじです。Wikipediaで調べてみたところ、その経緯ゆえに、「木
を見て森を見ず 」と同様の意味で用いられたり、日本でも「凡人が大人物、大事業を理解
し難い有り様の直喩」で用いられたりしますが、元来は真実の多面性に対する教義となっ
ているようです。
大般涅槃経などでは、象が仏性の比喩として述べられ、仏性は、仏以外の無明の衆生はも
ちろん十住の菩薩でさえも十分完全には知りえないことを説いており、インド古来の宗教
であるジャイナ教では、同じ真実でも表現が異なる場合もあることであり、異なる信念を
持つ者たちが互いを尊重して共存するための原則を示して、ジャイナ教の相対主義に基づ
く教訓としています。これらの教義では、「象」の全体は菩薩を含めて誰にも見ることが
できず、象の概形を把握できたとしても観察された部分に対して相対的なものとして理解
されています。
ここで、原義から派生して国や地域、宗教ごとに解釈されてきた、この寓話の経緯に乗っ
かって、この2年間の研究を通して得た、今のところの自分なりの学びと気付きに、勝手
に紐づけると、下記のようなことが言えるかもしれません。
・個別技術や知見が絶えず開発・更新される環境では、各領域で体系化された「部分」の
 連関の総体としてでしか「全体像」の把握は難しい
・各領域内でも技術や知見が十分に体系化されていない状況では、それらを実装・実行し、
 現場で「触知」すること自体が十分な価値になり得る
・このようにして得られた全体像は固定的なものではなく、「部分」と相対的な関係を
 保ちながら変化する
 
豊田研究室の研究員は、担当する共同研究等とは他に、各自が継続して関連分野のリサー
チを行っており、私は空間記述仕様ごとに異なる定義がなされている
LoD(Level of Detail / Development)の体系化を試みる論文を、ちょうどまとめている
ところです。「群盲象を評す」の例に倣えば、各記述仕様でそれぞれの立場からなんとな
く定義されてきたLoDの「部分」を、どのようにまとめれば各領域が相互に参照できる
全体像を描けるかを検討しています詳細は今後発表予定の論文で述べるとして、ここ
では大まかな内容を紹介したいと思います。
Level of Detailは、元々3Dグラフィクスで生まれ、ゲーム業界やそのソフトウェア・シス
テムであるゲームエンジンで発展してきた概念ですLoDを用いる場合一つのオブジェク
トに対してあらかじめ異なる詳細度のメシュを配置しておきプレイヤーがオブジェクト
に近づきメッシュがはっきりと見える場合は詳細なメッシュを描画し、逆にプレイヤーが
メッシュから遠くに離れると複雑度が低いメッシュに切り替わるようにします。このよう
に事前準備としてメモリに負荷を分散させ、レンダリングに必要なGPUへの短期的な負荷
を減らすことで、ゲームのパフォーマンスを向上させることを目的としています。
BIMにおいては、入力された情報が仮のものか、確定したものか外見上では判断できない
ため、モデル入力者が意図していない情報が抽出される、もしくは進捗の段階に応じて
意図的に提示情報を扱っているのか、情報が欠損しているのかがわからないなどの問題が
生じる恐れがあります。この状況への対策として、バージョン管理の概念に近しい
Level of Developmentという概念が、BIMにおけるLoDとして実装されています。
一方、地理空間情報を定義した統一フォーマットの一つで、モデルの詳細度を扱う仕様と
してCityGMLがあります。シミュレーション、都市データマイニング、施設管理など、さ
まざまな用途や目的に対して必要十分なオブジェクトの表現を提供するために、3Dオブ
ジェクトのさまざまな標準詳細レベル(LoD:Level of Detail)が定義されています。
ここで留意したいのは、BIMやCity GMLが記述する対象を静的に扱っているのに対して、
ゲームエンジン内において環境は常にプレイヤーの距離などによって相対的に記述され、
動的に変化していることです。執筆中の論文では、この「絶対記述」と「相対記述」の違
いを考慮して、自律的なエージェントが空間記述仕様をまたいで利用可能なLoDの設定お
よび連携・変換の構造を提示しようとしていますが、将来的にはコモングラウンド独自の
LoDを設定できればと考えています。ここで問題なのは、どうすれば各エージェントが利
用しやすいLoDを新たに設定することができるかですが、異なる人たちがそれぞれ手探り
で得た部分的な像の総体として「象」があるように、実際に検証をしながら関連領域との
間で議論を重ねることでしか、各空間記述仕様や各ユースケースを十分に満足する汎用的
なLoDは決められないのかもしれません。
 
豊田啓介研究室では、駒場リサーチキャンパスのデジタル化を進めています。地上からの
三脚式のレーザースキャンや、ドローン空撮によるフォトグラメトリ、BIMの複数のLoD
によるモデリング等、他大学や民間企業の協力を得ながら異なる方法によってデジタル環
境を構築しており、この環境をテストベッドとして活用し、変換実験および実証実験を重
ねられればと期待しています。最後に宣伝のようになってしまい恐縮ですが、豊田研では
継続的に共同研究のパートナーを募集しており、今後これらの環境を活かした連携や共働
の先に、デジタルとフィジカル、環境と身体の間で、どのようにコモングラウンドの全体
像を描き出すことができるのか、個人的にも楽しみです。

宮武 壮太郎 氏

東京大学生産技術研究所 特任研究員 / MAAP主宰