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コラム

じゃない人を辞めました

2023.10.19

パラメトリック・ボイス                   GEL 石津優子

子供を育てながら仕事をするのも5年間が過ぎ、子供が自ら友達とコミュニケーションを取
り、1人の人間として親と分離した存在として、彼女自身の感性で世界をみつめはじめてい
ます。親としては乳幼児期の子育てが終わったことになります。今回は、キャリアと子育
て(乳幼児期)として、振り返ることで最近思うことを記したいと思います。

私たち家族は、自身の親世代とは全く異なる環境で子育てをしています。キャリアに関して
も私の場合、周りに説明しようとしても内容を説明して理解してもらうには、必要とされる
前提知識が多すぎます。子供でも分かる職業、医者、看護師、消防士、花屋さん、先生と
いった数百年以上前からある職業と違い、親世代にはない職業としてキャリア形成と同時に
職能自体の形成という2つを目指して働いています。

子供がいないときは、自分の時間は全て自分のものです。それが子育て軸が加わると自分の
時間は子供の時間でもあり、特に生まれてすぐは眠る時間も削って子供へ捧げることになり
ます。そこから徐々に自分の時間も増えてきます。仕事に熱中してきた人にとって、自分の
時間がゼロになることは、自分がなくなったような喪失感と向き合うことになります。子供
を保育園に預けて寂しい想いをさせて仕事では周りに迷惑をかけながら続ける価値がある仕
事なのか、こういう問いを自問自答を繰り返しながら最初の年は過ごしました。自分自身が
描く母親像、父親像というのは、どうしても自分を育ててくれた親になります。それをある
意味で破壊しながら、自分自身の母親像を構築する作業でした。0歳のころは、まだママと
呼べません。仕事をメインにする私に周りはパパの役割を担うんだねと言いました。私もパ
パのようなものかもしれないと思っていました。母性、父性みたいな言葉が想像する役割分
業とは違う形で子育てをしてきて、自分自身はママになれていない、ママじゃないのかもし
れないと自分が自身の頑張りを否定し続けた張本人なのだと振り返ります。5歳になれば、
子供は立派に言葉を操り、私の良いところ、悪いところも流暢に指摘し始めます。5年間、
ママと呼ばれて今思うのは、私は彼女の母親像を作ったということ。彼女にとってのママは
私なのだということです。一般的な性別役割分業と異なる形で生きる中で、どうしても周り
には隠して変な家族と思われるかもしれないしと、他の家族との交流もあまり積極的ではな
かったかもしれないです。子供自身が友達になり、友達の親と連絡先を交換してほしいと言
い始めたあたりから、そろそろ私もママなんですと周りに言ってどんな目を向けられても
堂々と認めてもよいのではないかと考えることができるようになりました。「これが私のマ
マなの!」と堂々としてる子供の方が、私の中に蔓延る自分自身への差別心や偏見を浮き彫
りにして取り除いてくれます。

これと同じような経験を仕事でも感じることが多くなりました。私を育ててくれた建築家の
先生や憧れたコンピューテーショナルデザインを担う先輩方の偉大な像と比べて、自分の仕
事が建築ではないもの、王道のコンピューテーショナルデザインではないもの、として理想
のコンピュテーショナル像みたいなものに囚われすぎていたのかもしれないです。帰国して
から10年間、プログラミングと建築という中で自分の能力を発揮できる場所を周りの支え
も得ながら地道に作っているのに、まだその努力を認めていないのかと自分自身への落胆を
感じます。帰国した理由も、日本では独自のコンピュテーショナル文化をまだこれから形成
していく段階で、成熟した西欧のコンピュテーショナル界隈よりもチャンスがより多くあり
そうだと思ったからです。実際にその通りだったと思います。子供が私をママと呼んでくれ
たように、仕事を頼んでくれる人たちが専門家、新しい職能だと称してくれることで積み上
げてきたキャリアを○○じゃないものという否定形で称してはいけないと改めて感じます。
執筆や仕事を通して出会った方々の中で、子供も同じように建設業に入るなら石津さんのよ
うな職能を目指してほしいという声もありがたいことに頂けるようになりました。親が子に
思う心を思うと、なんと光栄なことだろうと思います。

おそらくBIMやDX、コンピューテーショナルを担う方々も、同じく自分の理想像を再構築
しているのだと感じます。一番怖いのは、周りの理解を得られないことではないです。自分
自身の自分に対する偏見です。周りからの見られ方は可変ですが、自分が自分をある枠に閉
じ込めたら抜け出すのは困難でしょう。過去5年を振り返り、数多くの案件を経験したとい
う自負はあります。その経験を与えてもらえたのに、精神面だけ成長しないでは申し訳ない
ので、これからの5年は自身の認識をアップデートした状態で若手層から中堅層として、こ
れからはじめる人のサポートも含めて頑張りたいと思います。


 

石津 優子 氏

GEL 代表取締役