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コラム

BIMの生み出す価値は、商品としてどのターゲットに売れるのか?

2024.05.09

パラメトリック・ボイス
              
              Unique Works 関戸博高

縁あって愛知県の岡崎信用金庫から依頼され、BIMについて顧客向けの冊子『経済月報』に書
くことになった。冊子の性格上、単なる技術的な解説だけでなく、経営的・社会的視点も含め
て書くことが求められているので引き受けることにした。この冊子の8割の読者はBIMについ
ては知らないといってよいだろう。残りの2割の人の中にBIMをよく知っている建設業や不動
産関連の人たちが含まれていると思われる。
このふたつの読者層に向けて、内容は8割をBIMの基本的知識、2割を最新の専門的情報の提供
として書くことにした。忘れてはならないと思ったのは、この信用金庫の100を超える店舗網
が名古屋から豊橋に至るエリアにあり、そこには自動車産業を中心とした日本有数の企業群が
あり、それらはBIMの「発注者(施設オーナー含む、以下略)」になる可能性があるというこ
とである。是非この人達にBIMを知ってもらいたいと思った。
 
そこで今回は商品としての「BIMサービス」と「発注者=マーケット」について、マーケティ
ングの眼を持って書いてみることにした。
以前よりBIM活用のステークホルダーの一角を占める「発注者」の存在が気になっていた。私
の知る限りでは、日本のBIMマーケットの中で、この存在がクローズアップされることは今ま
でほとんど無かった。設計や施工の契約時には、圧倒的な権限を持つ存在であり、また完成後
は施設のオーナーとして運営・維持に深くかかわる存在でありながら、BIM利用者としてはほ
とんど注目されてこなかった。
ここに興味深い調査(*1)がある。今年1月に野原グループ株式会社が建設業界従事者1,000人
に対して行なった『業界従事者が思う建設業界の課題とその解決に期待するデジタル技術』調
査である。
その中の「BIM活用の実態」で62.4%が「(BIMを)活用していない・できない」と回答。その
理由として「ソフトが高額で購入や維持ができない(199名)と並んで「業務の関係者や発注者
から建築BIMの活用を求められていない
(199名)」が同率1位であると報告されている。
 
(*1)
・野原グループ(株)調査『業界従事者が思う建設業界の課題とその解決に期待するデジタル
 技術
・実は国交省でも似たような調査を2022年12月に行なっている。以下を参照。
 『建築分野におけるBIMの活用・普及状況の実態調査 確定値

ここで言う「BIMの活用を求めない発注者」には①発注者がBIMを知らないか、もしくは理解
が足りない場合と②BIMの生み出す価値が、まだ発注者の期待に応えられていないために発注
されないというふたつのケースがあると思える。後者を言い換えると、商品としての「BIM
サービス」と「発注者=マーケット」とがミスマッチを起こしているということだ。

別の視点。BIMについて書くために、改めて最近のBIMサービスを追ってみた。その中で特に
目を引いたのが、BIMデータを中核として、建物のライフサイクルや業務プロセスをデジタル
でプラットフォーム化し、その活用を顧客へのサービスにしようという動きである。考え方は
既に10年近く前から言われていたことであるが、サービスとして発表出来るところまで来た
ということは大変興味深い。たまたまこの種のサービスがいくつも名乗りを上げているのは、
一企業が行えば他企業も横並び的に提案営業に織り込んでやらざるを得ないと言うことでもあ
るのだろう。
私はこのBIMサービスのマーケットを拡大するためには、次の2点について正面から向き合う
必要があると思っている。ひとつは発注者側の受け入れ能力向上について手を打つこと、もう
ひとつは企業の枠を超えたデータ連携システムの構築についてである。つまりこのサービスに
よって作り出されたデータは、提供企業ごとに異なるロジックで生み出されたデータである。
従って近い将来、複数の建物の管理において、一元管理できるようにするには、データ連携の
ルール化が必要である。別の言い方をすると、BIMの情報インフラやルールができていない日
本において、このサービスを展開するには、BIMマーケットの現状をよく認識して進める必要
があり、そうしないと大きく育てられるはずのマーケットが初期市場で頓挫してしまう可能性
があるからである。それを防ぐには業界団体でデータ連携に不都合が生じないようなルールづ
くりに努力してもらいたいということである。またそのルールがあってこそ、発注者のBIMリ
テラシーも高め易くなると思われる。

異なる角度で新しいサービス提供時に注意すべき点を書き留めておきたい。私は10年近く前か
らトルコへ日本の免震技術移転をしたいと思い、何度もトルコへ行き政府要人やいわゆる住宅
供給公社などの責任者たちとも会ってきた。その都度彼らは必ず異口同音に「免震の良さは十
分理解しているが、日本の免震は高いでしょう」と言っていた。我々は完成した商品を売りに
行っているのではないので、当初はなぜそう言うのか理由がわからなかった。訪問を続けて
2~3年の時間を経て分かったことは以前トルコから日本に視察に来た人達に大手建設会社
が免震の説明をした際に、その良さを強調したいが為にハイスペックの免震構造を説明し、価
格を問われるとその高額な工事費を伝えていたらしいと言うことである。簡略化して言うと、
トルコというマーケットのことを考えず、高額でハイスペックな技術の説明をしていたと言う
ことのようだ。この「高い技術=良い商品=売れる商品」と言う錯覚は、技術者が犯しがちな
ミスである。
そしてBIMサービスの提供者が同様なことを行わないように祈るばかりだ。今までのBIMの
サービスは、マーケットの存在を意識する必要の無い、BIMを理解している人同士の取引がほ
とんどだったはずである。これからは理解していない人へのサービス提供も増え、今までとは
異なるマーケティング思考が求められるようになったと言えるだろう。
私はマーケティングが専門ではないが、経験として幾つかの新事業・新サービスを開発して来
たことから、マーケットの多層なターゲットをどう捉えて開発を行うかが大変重要なことだと
思っている。以下の図は、それを直感的に理解する上で参考になると思うので添付して、今回
は終了としたい。

 図:東大I P Cコラムより図を引用、コメントを追加

 図:東大I P Cコラムより図を引用、コメントを追加


 

関戸 博高 氏

Unique Works     代表取締役社長