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コラム

国際会議の三つの意義

2024.07.23

ArchiFuture's Eye                  東京大学 池田靖史

COVID-19の影響からすっかり抜け出し、国外から日本への入国者数は過去最大を記録してい
る。私のところにも学術交流事業などで頻繁に海外からの訪問客が来ているし、私自身も国際
会議に参加するために再び海外に行く様になり、今年はここまでに3カ国訪問、この後に3カ
国の予定がある。その一方でオンライン打ち合わせの機会も以前より圧倒的に増えているし、
対面とオンラインを場合によって使い分ける感覚もだいぶ共通認識化してきていると思う。移
動時間や経費を考えればオンラインで十分と思える場合もあれば、直接会えないことのもどか
しさを感じる場合もあることは、今や誰もが常識として理解している。さて、その中で「国際
会議」はその高い費用や長い時間的拘束にもかかわらず、むしろ全面的に近く復活する方向に
あるむしろ国内のセミナよりも対面を必須にすることが多いほどなのはなぜなのだろうか。
今回は現時点で国際会議がどの様な意義を持っているのかについて考えてみた。

よく、新しい発見が学会で発表された、というような報道を耳にすることがあると思う。最も
一般的な国際会議のイメージは各研究者が最先端の研究成果を他に先んじて公開し、その科学
的な正当性や意義を認めてもらうということだろう。このイメージは大きく間違ってはいない
かもしれないが、若干注意すべきところがある。そもそもビジネス的な視点であれば、せっか
く他者にはできない技術的な開発やそれにつながる発見ができたのなら、公開するよりも製品
やサービスとして経済的な利益が得られるまで秘匿した方がいいはずだ。また学会で発表され
るためには他の研究者の査読を受けるから事実誤認や論理的な矛盾などについては内容チェッ
クを受けているが、だからと言って主張の正当性や意義が認められたとは限らない。むしろそ
の議論をするための共有資料として提示されたと考えるべきで、それが十分に共通認識化する
のはその先のことである。学会で発表したことは公式な記録に残って、後になってそこからの
発展への貢献を認められる場合もあるが、その応用についての権利が保証されるわけではない
ので、もしそれが目的なら特許申請でも出した方がいいはずだ。それではなぜ研究者たちは所
属機関から勧められて学会発表をするのだろうか?もちろんそこには研究者としてその人の生
活上必要な客観的能力評価を得る目的もあるだろう。ではなぜ学会発表が客観的能力評価と言
えるのであろうか。

その理由は、学術的な発展や進歩はもちろん社会的な応用や経済的な活動に寄与するものであ
るし、それによってその意義が理解されるべきではあるのだが、もしみんなが利己的にその成
果を独占し秘匿しようとすると、結果的にその発展を大きく阻害することになってしまう、と
いうのがオープンに議論する場所としての学問や学術界の存在意義だからである。知識や経験
や思考はなるべく多くの人に共有されて、多角的な検証や応用をされることでずっと大きな可
能性を持つことが、結局は互いの利益にも、社会全体としての利益にもなるからである。つま
り情報の公開とそれによる議論の活性化自体が学問というものの根源的な目的であるはずなの
だ。ただ情報の公開だけなら論文誌への発表でも自主的な出版物でも、オンラインでも十分可
能なので、今回の主題である国際会議開催とその参加の価値にはまだ十分届いていない。しか
し学問が科学技術的な知識についてのコミュニケションにこそその存在意義があることは、
それを説明する基盤となりうる。なぜなら学問的コミュニケーションは究極的には人間同士の
間でしか成立しないものだからである。つまり国際会議の本当の目的は人と出会うことや議論
することにある。こう書くと何か当たり前のようでもあるが、だから対面の場が求められ、人
間的な接触の効用があることについて、ここからもう少し具体的な点を三つ挙げていきたい。

多様な人間の視点による共通の課題の共有
第一に研究にとって単なる知識や情報と、人物を介したそれとは大きく異なるからである。現
代ではほとんどの情報は検索すれば見つかり、求めれば入手できる。しかし、だからこそ本当
に自分の思考に刺激になる情報に出会えているのかどうかは希薄になってしまう。表面的な情
報では感じられないことがその人の話ぶりや、思い入れや周りの反応から違って聞こえること
は学問的知識であっても人間的なコミュニケーションだからである。調べればわかることと人
物に出会わなければ感じないことには大きな差があることを毎回国際会議に行くたびに感じる
ところだ。歌だけ聞いて歌手のことを考えないことも、競技内容だけ見て選手のことを考えな
いこともむしろ不自然であるように、良くも悪くも人物と情報は一体であり、世間話もコー
ヒーや食事を共にすることも実は大事な効果を持っている。そしてその人的ネットワークの多
様性の中で自分の思考と興味を検証することは研究の発展にとって絶大な意味がある。先を越
されてしまったと感じることもあれば、欠陥を指摘されて悔しい思いをすることもあるが、自
分と同じ方向の興味や動機を持つ人物との出会いは何よりも嬉しく心強く思えるものである。
そしてそれこそが創造や革新の源になることを否定する研究者はいないと思う。さらにその上
で人間としての立場や背景が違うからこそ生まれる差異が発展の推進力になる。技術的に海外
の方が進んでいるとは限らないが、さまざまな地域から集まった人々には同様の問題を別な枠
組みで捉えている可能性が高い。つまり多様な視点を持つ人間と課題を共有することで生まれ
る可能性に国際会議の意義があるのである。

 CDRF2024 Shanghai

 CDRF2024 Shanghai


産業と学問が接点を見つける場の提供
第二に学術的発明や進歩を社会へ実装するには産業や社会経済制度との接点が欠かせないから
である。前半で説明したように情報をオープンにした方が発展と実益が早く得られるという論
理は、裏を返せばどんな発見も埋もれてしまっては役に立たない、最終的に人間社会に貢献し
てこそその存在価値があるということでもある。ところが残念ながらいいアイデアや技術を
持っている人が経済感覚に優れていたり社会改革への意識が高かったりするとは限らない。む
しろ苦手なことの方が多いかもしれない。経済的な価値とは無縁の何かに取り憑かれているよ
うな人物の方が誰も思いつかなかったような革新的な何かにたどり着いた例はいくらでもあげ
ることができる。そうしたオタクな研究者が産業化や社会実装に興味をもたなければならない
義務はない。だが誰かがどこかでそれを発掘し、可能性を見出だし、多くの人間を巻き込んで
いかない限りその可能性は閉ざされてしまうのである。アイデアは個人から生まれるかもしれ
ないが、それを実体化するためには多くの人間の協働が必要であることは疑いがない。学問は
それが役に立つ機会を待っているのだが、それがいつどこで起きるのかを知っているとは限ら
ない。そういう意味でなるべく広がりのある国際学会のような場所で可能な限りオープンにさ
れた情報と人物の存在が産業化との接点を作ることはとてつもなく重要なのである。このよう
に学問の知識を社会的な応用で花開かせるネトワクづくりに国際会議の二つ目の意義があ
る。

 Rob_Arch2024 Toronto

 Rob_Arch2024 Toronto


グローバルな人材の継続的育成と奨励
第三に、結局のところ人間こそが最大の資源だとすれば、新しい世代の育成こそが長期的に発
展を維持するためのほとんど唯一の方法だからだ。最近留学する学生が減っているという話を
耳にする。残念なことでもあるが、学問的な部分だけでなく、じっとしていてもさまざまな国
際的な情報や体験に触れる機会自体は増えていることや文化的な地域差が減少していることを
考えると理解できなくもない。ただし、ここまで述べてきたように国際的な感覚を持つ幅広い
視野を求める意識は良質な人材にとって何にも変えがたい資質であると言っていい。近年の国
際会議の傾向としてワークショップと呼ばれる主に学生向けの勉強会や最新技術の伝承を目的
にした講習会が併設されて開催されることがほぼ通例になっていることが人材育成への国際会
議への傾倒を物語っている。通常数日間を使って少人数のチームで行われるその教育活動はそ
の先端的な内容に関する理解だけではなく、参加者の間に強烈な仲間意識を芽生えさせること
も副次的な効果があると多くの人たちが気付いている。そして偉そうかもしれないが教育活動
において最も効果的な要素はモチベーションの刺激と維持である。国際学会におけるもう一つ
の典型的な活動は若い研究者に対する表彰制度であるのはそのためである。表彰されると本人
が嬉しいだけでなく、コミュニュティでその名前が意識されるようになり、交流関係もずっと
広がる。つまりグローバルな意識を持つ新しい世代をできるだけ多く励まし羽ばたかせること
が国際会議の三つ目の意義である。

         CAADRIA2024 Singapore

        CAADRIA2024 Singapore


以上三つの観点から国際会議の意義を述べてきたが、実は東京大学を会場にして来年3月に開
催されるCAADRIA2025という国際会議で実行委員長をしている。アジア建築CAD学会として
1996年から始まり毎年アジアの都市で開催されてきたが、東京で開催されるのは30回目に
してこれが初めてである。国際学会は私自身にとっても色々な意味で今の自分を形作ってくれ
た本当に大事な存在だ。だからできるうちに恩返しをしたいとずっと思ってきた。現在論文発
表概要について募集されており、この後ワークショップなどの開催も告知されるだろう。例年
参加者の多くは国外から来るのだが、せっかくの機会にぜひ日本人参加者が増えてほしいと
願っている。今回のコラムの主題はそれだけ今の私の心が国際会議の開催に占められていて、
真剣に自問自答しているということでご理解いただきたい。

 ※上記の画像をクリックすると画像の出典元のCAADRIA2025のWebサイトへリンクします。

 ※上記の画像をクリックすると画像の出典元のCAADRIA2025のWebサイトへリンクします。

池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長