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コラム

いっつも来てるあの人になりなさい

2024.07.25

パラメトリック・ボイス                                   竹中工務店 / 東京大学 石澤 宰


ポケファスというキャラクターがいまして、LINEスタンプでよく使っているのですが、その
中にスピードスケートをする猫の絵の横に「一年って早いね」と書かれたものがある。こんな
んどこで使うんよ、と最初は思ったのですが、恐ろしいことにけっこう使う。

このコラムの一本目を執筆していた当時34歳だった私も今や43歳。年を取ると1年が早くな
ると言われます。実際、子どもの写真を見返したりするといろいろビックリします。一方で、
1年ちょっと前までは全員マスクをしていたよねぇ、などと言われると「そんな最近だったっ
け?」と思うほどに、毎日のことにはすっかり慣れてもいます。

人により様々なのでしょうけれども、私としては、仕事やら生活やら、そのほか色々な時間軸
が撚り糸のように束ねられて全体になっていて、細い一本一本を見ればなんだかあっという間
に見えることも、全体として振り返ると実に色々なことが起きてはいる。ただ歴史年表のよう
に時系列を振り返る機会があまりないので「なんかもうあっという間だねえ」という感想ばか
り口にしている、という気もします。

『静止力 地元の名士になりなさい(えらいてんちょう, ベストセラーズ, 2019)』という本
があります。『しょぼい起業』『しょぼい生活革命』など、意識高い系の対極と言えるような
著者の身の丈の活動をもとに書かれたこの本の主張はこうです。

   「多動する若者が増える中、静止する人の貴重性・重要性が高まる。」(p.30)

   「転入生にいきなり学級委員長を任せる教師なんていませんよね。――週一しか     
   バイトに入らない人に、バイトリーダーは任せられない。飲み会の出席率が低い     
   人に、幹事は任せたくない。放課後すぐに帰ってしまう人は、遊びに誘いづらい。
   既読スルーばかりの人に、大事な相談はできない……。つまり"いる・ある"は頼
   りやすく、"いない・ない"は頼りにくい」(pp.65-66)

ひとところにずっといることで生ずる軋轢もあるし、「ずっといる」ことを前提とした制度設
計が窮屈すぎてどうしても無理、という状況もあちこちで見ます。一方で、現有のシステムを
保守し、運営している人々の存在によってありとあらゆるものは安定的に供給されてもいて、
それなしに生活を行うことはきわめて困難です。誰かがずっとやり続けてくれることがあるか
ら、決まった安い価格で何かを手に入れたり、あるサービスを当てにすることができる。

このことを別な角度から肌身で感じたことがあり、それは海外で建築設計に携わったときのこ
とです。日本の建設業の進出は、長期的に見れば右肩上がりではあるものの、大きな波があ
り、ここ数十年でドラスティックに進展したというわけでもありません(一般社団法人海外建
設協会. (2024). 海外建設受注実績レポート)。理由は様々で、国内需要との比率であったり、
契約や合意形成の難しさも大きな要素です。

直面する課題の一つが購買や調達です。競合となる現地の他社に対して価格競争力があるのか
どうか。つまり、新しく参入した会社が古くからある会社よりも安く資材や労働力を調達でき
るかという問題です。プロジェクトの受注は様々な要因で決まりますが、価格は最重要要素の
一つですから、競合に比べて高いということは一般的に言って不利なことです。ではどうすれ
ば安く買えるのか?私たちが長期的な関係を築きうるビジネスパートナーであると考えてもら
えない場合には、苦戦を強いられることになります。

建設系スタートアップにZuru Techという会社があり、母体はZuruという玩具メーカーです。
この会社の狙いはオンラインで設計し、工場で生産し、現場では組み立てるというラインを国
際展開しようというものです。こうした方向は、現場での調整など困難もあるものの、今後も
おそらく探索が進むでしょう。しかし一品生産の建築の需要はそう簡単にはなくなりません。
サプライチェーンの中で、お互いに、ずっとここで商売をしていますという前提は欠かせない
でしょう。

個人が同じ会社にずっと居たとしても、部署が変わりプロジェクトが変わり、つねに「あそこ
の部署の〇〇さん」で居続けられるとは限りません。ただ、人間関係の方は長く残ることがあ
り、ずっと前の部署やプロジェクトのことで「あのときのこと教えてほしい」という連絡が来
ることはよくあります。たとえ全社クラウドに情報があろうが、イントラネットのどこかに書
かれていようが、「あのときはねえ~こうだったんスよ」と答えられれば、多少なりともお役
に立った気持ちになるし、そうして誰かに頼っていただけることの幸せを感じたりもします。

今年に入り、いろいろな会合に参加する機会が過去数年よりも飛躍的に増え、久方ぶりにお会
いする方々とご挨拶して、同じコミュニティに参加し続けることがどう大事なのか少しわかっ
てきた気がしています。他の方を紹介できること、込み入った話をいきなり切り出して相談で
きること、実現可能性の見通せない何かの「タネ」をやりとりできること。一見さんにはでき
ないことばかりです(お久しぶりですー!前回お会いしたのってそんな前でしたっけ!?ばか
り言っているのは内緒です)。

研究の方で論文を書いてそれを投稿するとき、なるべく色々な異なる論文誌に投稿してみたい
と思っていました。いまでもそのようには思います。さまざまな分野を知りたいと思ったし、
それができることはなにか、自分の能力を裏打ちしてくれるような気もしました。しかし一方
で、同じ学会に投稿を続けることもそれはそれで重要なのだということにも気づきつつありま
す。そうすることで名前を覚える先生や研究者もでき、全体の空気感も少しずつ読めるように
なってきます。何より、そのコミュニティが存続するためには活動の実体がなにより重要で、
その一旦を担う誰かに自分自身がなることは、直接的に役に立てることだからです。

経営学者サラス・サラスバシーの『エフェクチュエーション』では、優れた起業家に共通する
意思決定プロセスや思考に共通する5つの要素を抽出しています(加護野 忠男 監訳,
高瀬 進/吉田 満梨 訳, 碩学舎, 2015)。その5つ目は「飛行機のパイロットの原則」で、自
分自身が、〈いま・ここ〉でコントロール可能なものに集中することを指しますが、まず大前
提として「誰かが操縦席に座って操縦桿を握っている」ことが欠かせません。当ッッたり前に
聞こえます。しかし最近、設計課題で様々な案をエスキースしていると、「で、これは一体誰
がやるんだい?」という問いに行き当たることがよくあるのに気づきました。そこで「全部は
できないけれど、私がやるんです!」と答えることは課題の渦中の学生には容易ではありませ
んし、私自身の学生時代を思い返せば「そんなこと言われてもなあ」と感じたと思います。そ
れでも自分の案で自分が操縦席にいない、というデザイン提案は困難です。なんとかそこに辿
り着くような対話をしたい。未熟ながらそういう授業をしたいとも思うし、関われる限りにお
いて、操縦席にいられるものはしっかり操縦桿を握っていたいとも思います。

34歳の私はまだ部分的に自分の中に残っていて、それこそ前回のコラムで書いたように「自分
にそんな偉そうなことを言う資格はあるんか」という問いはずっと消えません。しかしずっと
続けている仕事の方に限れば、この年であんまりモジモジしててもなあ、という思いも出てく
るもので、これはちょっと意外でした。

  「続けた方がどんどん働きやすくなる。独特な業界の知識、スタッフ・タレント
  間との信頼関係を積めば積むほど仕事がしやすくなる」

でんぱ組.incの所属するディアステージのBOZO氏がXにポストした一言です。この言葉を<最
近>見かけて以降、ずっとあれこれと考えていて、今回ひとつのまとまった文章としてアウト
プットすることができました。あのポストいつだっけ?と思ってブックマークを振り返ったら
2023年5月。なんとまだポストをツイートと呼んでいた頃でした。あれ?そんな前だっけ?と
いうかTwitterがXになったのってちょうど1年くらい前?

やはりどんな言い訳をしようとも、一言で言うとこういうことのようです。一部中年は時間軸
がバグってくる。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授