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コラム

ライフサイクルBIM8
~FM図からFM-BIMモデルへ

2024.08.22

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建築分野の仕事をする際、図面は切り離すことができないものだろう。一言で図面と言っても
いろいろな種類や表現があり、機能や役割も千差万別であることは書くまでもない。当然なが
ら携わる仕事や立場によって、身近なものや思い浮かぶものも異なる。新築時の設計図や施工
図は完成させる建物を視覚化し、そのための方法や手順を提示するものであり、契約における
成果物・納品物であり、契約書の一部でもある。また、既存建物の図面は建築生産の記録であ
り、建物の利用と管理のためのガイドブックでもある。このように図面は建物を特定の視点か
ら視覚化したものであり、情報共有や意思伝達の最も合理的な手段の一つだと言える。
新築建物を対象とする設計や施工の図面は、長い時間を経て関係者間で共有・交換される建物
情報として洗練されてきた。一方、建物ライフサイクルマネジメントやファシリティマネジメ
ント(FM)のための図面については、さまざまな表現方法が考案されているがデファクトスタン
ダードと呼べるものは存在していないように感じる。建築生産と比較して歴史が浅いというこ
ともあるだろうが、建物の運営・管理については規模や種類だけでなくその対象や方針が多岐
にわたる、ということにも起因しているとも思う。

大量の情報通信施設の建物ライフサイクルマネジメントでは、経年劣化による修繕よりも情報
通信事業の変化に対応する改修や模様替えの発生頻度が高い傾向がある。建物が変更されれ
ば、それに伴う通信事業ツールとしての建物運営や維持管理等、各種FMの内容変更も継続的
に発生する。このような状況で常に建物の最新状態を参照・把握でき、改修等での設計元情報
として利用可能な現況図を整備運用する場合、長期間にわたる継続的な現行化が必須となる。
図面がデータ化されていなかった時代に原図やフィルムに描かれていた現況図は、CAD実用化
後は図面データとなり、現在は図面と建物情報の統合と各工程間での共有・流通を目的とした
現況BIMに移行している。
情報通信施設における現況図には一貫して情報通信基盤としての建物情報参照、改修等におけ
る建物の現状把握、改修設計時の元情報利用、維持管理を含むFMでのスペース管理・コスト
管理・業務記録、大規模災害や障害発生時の建物情報参照、等の役割が与えられている。その
ため現況図の主な要件は、空間・室構成がわかること、主要な寸法を把握できること、主要部
位・機器の位置がわかること、外壁・屋上防水の構成と仕上げがわかること、等となる。個別
の部位・機器の仕様情報を図面以外のデータから取得することを考えると、現況図には竣工図
ほどの詳細度は必要でなく、部位・機器の表現についてもディテールまでは求めない。一方、
配置位置や主要な寸法・距離については高い精度を持たせる。図面と実態が異なる場合は当然
だが実態を優先し、必要に応じて現況図へ反映・修正を加えていく。
 
建物ライフサイクルにおける建物の事業利用や維持管理等を含むFMでは、現況図に記載され
た図形や文字から得られる情報に加え、管理対象となる部位・機器やスペースに関する多くの
性能諸元を必要とする。これらの情報は一般的にリストやデータベースとして扱われるため、
FMで利用するには現況図とデータベースの異なる情報を連携し、参照・活用する建物情報基
盤とデータを管理するシステム(CAFMシステム)が必要となる。一般的にCAFMシステムのUI
は図面と文字数値データの2つから構成されるが、建築生産領域と比較してよりステークホル
ダーの種類と数が多い傾向にあるFM領域では、これらが情報のポータビリティや流通性・交
換性、操作の簡素化を阻害する要因の一つになっている。
NTTファシリティーズでは、FMのための情報をまとめて図面というフォーマットで表示・操
作可能としたものを「FM図」として位置付け、1990年代から現況図と並行し図面情報とデー
タベースを統合した情報基盤として整備・運用を行ってきた。FM図の役割はFMの業務仕様や
管理部位・機器状況の見える化、契約書類としての利用、SLA(Service Level Agreement)の
視覚化、等の表示と伝達ということになる。建物の運営管理では図形や文字情報といった
様々な情報の連携が必要となる。情報共有や意思伝達の観点からこれらを図面に統合すること
が、FMの円滑な遂行と関係者間の確実な情報共有に寄与することとなる。

FM図に求められることは、端的に書くと「着目する部位・機器がどこにあるか容易に探すこ
とができ、それがどのようなものであるかを視覚的に理解できる」ということになる。そのた
めFM図には図面上に図形に連携するデータを表示する、領域や部位・機器を与条件に応じて
表示/非表示/強調表示する、という2つの表記方法をとった。FM図を作成・表現するため、
CAFMシステムには図面上の部位機器の性能諸元や運用状況等の属性データを図面上に表示す
る「引出線」、属性データを検索して対応する図形を図面上で強調表示する「検索結果表
示」、検索結果のスペースを指定した色・パターンで表示する「塗りつぶし」という機能を
搭載した。
FMに必要な情報をFM図で表現することで、必ずしもCAFMシステムに依存しない、例えば印
刷物(近年はペーパーレス化によりpdfファイルにすることが多い)を建物オーナーやユー
ザーに提供し、FMの契約書の一部として業務仕様やSLAの明確化や提案・報告の証跡として
利用することも可能となる。CAFMシステムの属性データは全建物で統合されたデータベース
となっているため、「リコール対象機器が設置されている建物を探し、該当機器の設置箇所
がわかる図面を至急揃える」や「あるエリア内の全建物のスペースのうち、自社利用・貸借
利用・共有部分をそれぞれ集計し、コスト変更に伴う全体コストのシミュレーションを実施
し、変更スペースがわかるように表示する」といったFM問題にも迅速に対応でき、それらを
建物オーナーにも容易に提示できるようになる。

FM図とそのためのCAFMは、図らずもBIMとほぼ同じ概念となっている。そのため、FM図を
FM-BIMに移行していくことはそれほど難しいことではないと考えている。しかし、単純に既
存のFM図をBIMモデルとBIMツールに移行すれば良いわけでなく、これまでのFM図にBIMの
特徴やメリットをどのように追加していくか、が課題だろう。
建物のモデル化プロセスが図面からBIMへ移行すると、表現とモデルが切り離される。この部
分が非常に重要であり、一つのモデルが例えば配置と系統といった複数の表現形式で利用され
るというのが、BIM時代のFM図のあるべき姿であり、次世代のFM-BIMモデルを検討する手掛
かりになると感じている。

 スペース管理のためのFM図の一例。各室のスペース領域にリンクしたデータベースのうち、選
 択した項目を「引出線」に表示している。合わせて設定した条件に応じて各スペースをパター
 ンで「塗りつぶし」している。引出し線の文字はデータベースと連携しており、データベース
 を変更しても図面上の文字を変更しても連携して相互に変更が反映される。

 スペース管理のためのFM図の一例。各室のスペース領域にリンクしたデータベースのうち、選
 択した項目を「引出線」に表示している。合わせて設定した条件に応じて各スペースをパター
 ンで「塗りつぶし」している。引出し線の文字はデータベースと連携しており、データベース
 を変更しても図面上の文字を変更しても連携して相互に変更が反映される。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター