情報は建築を再構成するのか
~せんだいメディアテークコンペから30年~
2024.10.15
パラメトリック・ボイス
東京大学 / スタジオノラ 谷口 景一朗
日本建築学会の会誌である「建築雑誌」の編集委員を昨年度から務めている。2024年11月号
は編集担当号として「データが再構成する建築」と題する特集を組んだ。本稿は、紙面の都合
上、建築雑誌には掲載できなかった特集の主旨文として、特集そのものと合わせて読んでいた
だきたい。
そもそも上記のような特集を企画するに至ったきっかけの1つとして、来年に「せんだいメディ
アテーク」のコンペから30年を迎える、ということが挙げられる。1等案となり、その後実現
された伊東豊雄氏の案が建築界に与えた影響の大きさは言うまでもないことだが、それと同じ
くらい2等案となった古谷誠章氏・杉浦久子氏の案も当時大きな話題を呼んだ。バーコードを
用いた図書管理システムによって既存の図書館という建築プログラムが融解し、さまざまなプ
ログラムが複雑に関係しあった都市のような建築空間の提案に、情報技術と空間の組み合わせ
が生み出す新しい建築の可能性を感じ、大変興味深く案を拝見していたことを思い出す。あれ
から30年。情報技術は格段に進歩を遂げ、情報と建築との関係についても多くの議論が行われ
るようになってはいるものの、あのときのワクワク感を超える建築空間ははたして生まれてい
るのか、そんな純粋な疑念とともに、改めて古谷氏に当時の思いと昨今の情報と建築との関係
に思うところを伺ってみたいと考え、この特集を企画するに至ったわけである。
さて、このせんだいメディアテーク2等案の歴史的位置づけを再確認するにあたり、過去のさま
ざまな論考を紐解いていくと、1967年に磯崎新氏によって提唱された「見えない都市」の概念
に行きつく。揺れ動く記号の集積としての都市像を論じたこの論考の中で、人間の行動に応答
する「応答場としての環境」をもたらすソフトな建築(ソフト・アーキテクチュア)を掲げて
いる。余談だが、この建築雑誌の特集はもともと建築環境・建築設備に関するテーマを扱う想
定の号だったものを、編集担当の私が「人間を取り巻くものはすべて環境であり、その環境と
人間とを媒介するデータ(情報)について取り扱うテーマにしたい」と御託を並べてこのよう
なテーマ設定に至った経緯があるのだが、そんなことは60年近く前にすでに磯崎氏によって語
られていたわけである。あらためて、磯崎氏の知の巨人たるや、おそるべし。
磯崎氏は1972年に、分節された既存のビルディングタイプを融解し、学校や市役所、図書館な
どの機能がひとつながりの区間として再構成される情報処理機構をつくる「コンピュータ・エ
イデッド・シティ」と呼ばれるプロジェクトを発表する。その後、この中央集権的な情報処理
機構を改め、無数の処理機構が都市にばらまかれ、相互にネットワークを構成する都市像を提
唱するに至る。まさに、インターネットやスマートフォンが媒体として機能する現代の都市を
予見する言説である。せんだいメディアテークのコンペは、このような歴史的文脈の中から
磯崎氏を審査委員長に迎えて1995年に実施されたのである。
では、せんだいメディアテークのコンペから30年、情報と建築との関係はどのように進化した
のか。その答えはなかなか一言では言い表しにくいが、期待されていたほどの進化は遂げられ
ていないのではないか、というのが筆者の個人的意見である。それはなぜなのか。
インタビューの中で古谷氏は、情報との関係の中で求められる建築像を「地形」と評した。ま
さに人間の行動に応答する「応答場としての地形」である。では、情報の方はどうか。私見だ
が、この30年に本来既存機能の融解を促すことが期待された情報そのものが領域ごとに分節を
起こしてしまっていたのではないかと思う。それが情報と建築との関係の足踏み状態を生み出
していたのではないか。一方で、ここ5年ほどで改めて情報のもつ領域横断の可能性に焦点が
当たっているのも事実である。領域横断の先に、情報は建築をどのように再構成するのだろう
か。ぜひこの先は建築雑誌の特集を読んでいただき、その可能性の一端に触れていただきたい。