FMとBIMの分断を解消するひとつの提案
~FMDBを表現するBIMモデル
2024.10.31
パラメトリック・ボイス NTTファシリティーズ 松岡辰郎
ファシリティマネジメント(FM)では建物情報をデータベース(DB)として構築し活用すること
が有効とされる。改めて書くまでもないが、大量の情報を整理整頓して管理できること、必要
な情報を容易に検索できること、他の情報との連携や連結を行うことができること、といった
ものがDBの主な特徴となる。
FMにおいてどの建物情報をDBにするかはその導入目的や内容によって様々だが、FMDBは部
位・機器の種類や点検・修繕周期等を含む性能諸元情報、建物がどのような部位・機器で構成
されているかを表す建物基本情報、点検・修繕・故障対応・改修・エネルギー使用量をはじめ
とする各種の履歴情報に大別される。建物基本情報と性能諸元情報を組み合わせれば、建物の
中長期的な改修・修繕計画や点検計画が作成される。履歴情報を追加することで、ライフサイ
クルコストやエネルギーマネジメント、修繕・更改周期の分析・評価・予測が可能となる。勿
論これら以外にも建物運営コストや事業・アクティビティ等、FMに必要となる情報は枚挙に
暇がないが、基本的かつ主要なものはこれら3種類に大別されると考えて良いと思う。
BIMが建築分野で認知されたごく初期の段階から、BIMを建築生産だけでなく運営・維持管理
を含めたFMで利用するという考え方があった。筆者も2012〜2013年の自社ビル新築プロジェ
クトで建築生産のBIMモデルから運営・維持管理のFMDBに建物情報の継承を試みた。この時、
建築生産で作成されるBIMモデルから継承できるデータ項目は運営・維持管理で必要とするも
のの3割程度であることがわかった。これはある程度予想できたので、設計と並行してFMの
メニューと必要データ項目を検討・設定し、建築生産BIMモデル作成開始前にFMが必要とす
るデータ項目を提示した。結果として竣工BIMモデルからFMDBへ、必要なデータ項目の7割
以上を継承することができた。この時の経験として、建築生産と運営・維持管理の建物情報を
BIMでつなぎ継承するには、導入するFMのメニューや業務のデザインをかなり早い段階で検
討し、現在で言うEIR(Employer Information Requirements:発注者情報要件)を明確にする
ことが重要であることを実感した。
現在、BIMモデルを介した建築生産から運営・維持管理への建物情報継承への言及は特に珍し
いものではなくなっている。しかし実際にそれほど簡単に実施されているわけでもないように
見える。竣工を挟む建築生産と運営・維持管理のBIMの分断は、必要とするBIMモデルの
LOD(Level of Detail)やLOI(Level of Information)の違いとして説明されることが多い。
勿論それも原因として大きいとは思うが、筆者はそれとは別の理由があると考えている。
BIMモデルを建築生産から運営・維持管理に渡す際、建築生産側は「要求された項目も入れて
BIMモデルをちゃんと作成したのだからFMでも活用できるはずだ」と考えているように見え
る。一方FM側から見ると、「確かに要求した情報項目はデータとして入力・作成されている
が、不要な情報があまりにも多すぎる」というのが正直なところではないかと思う。データを
作成し渡す側から見ると、ともすればデータは多ければ多いほど良い、と考えがちである。と
ころが実際にFMDBを運用・維持する側から見ると、不要なデータは管理する手間だけかかる
厄介なものであり、さらに管理対象外でもデータが陳腐化すると建物情報全体の信頼性を損ね
る原因となってしまう。また、どんなに精緻なBIMモデルであっても、実際の建物に勝るもの
はない。
この辺りはこれまでもFMとBIMの分断の原因として議論されている。ところが議論の主要ポ
イントは、竣工BIMモデルを運営・維持管理で使おうとしても建物部位・機器の形状情報が細
かすぎるとか、BIMモデルのデータが重すぎるといったものとなっている。これらはBIMツー
ルの使い勝手の話であり、建物ライフサイクルマネジメントにおける建物情報の共有や継承の
問題の本質にはなっていない。極論を言えば、今後コンピュータの機能が劇的に進化すれば解
決されるような話ばかりである。
例えば機械設備と電気設備の可用性がクリティカルな課題となる建物にFMを導入する場合を
考える。この時、この建物のFMDBは機械設備と電気設備を適正に運転するための監視や制御
に必要な設備情報を必要とする。当然建築生産で作成されるBIMモデルから必要な設備情報を
入手することになるが、併せて必要のない衛生設備や建物本体の山のような建物情報を同時に
「押し付けられる」こととなる。どうして必要な項目の建物情報だけを過不足なく受け取るこ
とができないのだろう?というのがBIMとFMを分断する大きな原因の一つではないだろうか。
同時にBIMの形状モデル自体が問題となっている。建築生産側から見ると建物に関わる業務で
は「適正な図面」が必要だという思考になりがちだが、FMにおいては必ずしも図面を必要と
しない業務、管理対象のみが簡潔に表現されていれば良い業務、他の建物構成要素との関係を
精緻に把握しなければならない業務がある。建築生産側から見ると、建物の形状情報に属性情
報が付与されている、つまり形状が先という考え方が多いように思える。勿論FMでもこの考
え方は成立するが、逆にFMDBが最初に利用され必要に応じて形状や位置といった情報を参考
として参照する、つまりFMDBの表現形としてBIMモデルがあれば良い、という考え方もまた
存在している。
このところ、このFMとBIMの分断をどのように解消できるか、について思いを巡らせてきた。
そして一つの解決手段として、「FMDBを表現するBIMモデル」を竣工時に継承してはどうか、
と考えるに至っている。つまり、竣工時に継承する竣工BIMまたは維持管理BIMから、EIRに
記載されている情報項目に関係しないものを形状情報ごと削除し、FMでの管理対象の部位・
機器のモデルのみをFMに継承する、というものである。勿論建物本体を管理対象とする場合
はその形状情報を引き継げば良いが、極端にいえば管理対象が躯体のみであれば建具や窓のモ
デルすら削除してしまえば良いという、いささか極論的な発想ではある。ただ、このようにす
ればFM業務における余計な情報管理は無くなるので、BIMから継承するFMDBの品質と活用度
は上がるのではないだろうか。
そんな部分的な情報では建物の中での位置や他の構成要素との関係がわからない、という意見
もあるが、その部分については、2次元の平面図や立面図を立体的に空間上に配置し、そこに
FMで必要とするBIMモデルを配置すれば良いと思う。この3次元空間上に2次元の平面図と
立面図を構成する方法は、既存建物の維持管理BIMモデルを短期間に作成するために考えたア
イディアだが、新築時における建築生産から運営・維持管理への建物情報継承でも利用できる
と考えている。
建物を作る側から見ると、ともするとすべての建物構成要素がBIMモデルになっていないと
FMで使えないのでは?と考えがちだが、運営・維持管理を含むFMでは、管理対象のみが適正
にFMDBとして存在し利用できることの方が重要なのではないかと思う。さまざまな考え方は
あるが、FMでは形状情報よりもFMDBの方がより重要な情報形態と考えて良いだろう。DBは
一般的に文字数値のリストで表現されるものだが、それだけでは形状や位置の情報を参照する
ことが難しい。FMが必要とするBIMモデルはFMDBをリストとは別の表現をしたもの、と考え
ることがBIMとFMの分断問題の解決の一助になるのではないかと思う。