沈滞30年、否!充実化へのアイドリング期
2024.11.05
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
10月24日の「Archi Future 2024」が史上最高の来場者数となり、講演会、セミナー、展示会
などを盛況裏に開催することができました。基調講演を妹島和世さんにご講演頂きましたが、
槇文彦氏による第1回基調講演を思い出しながら聞き入りました。翌日のニュースで妹島さん
が、文化功労者に選ばれたと知り重ねての嬉しい気持を味わいました。
ご来場された多くの皆さまにお礼を申し上げます。ありがとうございました。
本題。日本がバブル崩壊以降に経験している“失われた30年”。この期間を異なる視点から大評
価した経済学者がいる。朝日新聞の江渕崇氏の紹介記事によれば、ドイツ生まれの通算で9年
間に亘り日本で生活したカリフォルニア大の経済学者、ウリケ・シェーデ教授が「シン・日本
の経営 悲観バイアスを排す」を日経プレミアシリーズから今春に出版した。
読むと腑に落ちるところが多く、個人の意見を加えて書き進める。沈滞期間の30年間は日本
独特で世界の経済界や国の在り方の手本となる素晴らしい対応事例であり、経済が鈍化したに
も拘らず、国民は社会の安定を選択し暴動やテロを起こさなかった。この間に多分野で多様な
システム転換を進め、優れたインフラ整備も進行中ではあるが世界に冠たる充実度となってい
る。個人情報保護やコンプライアンス、ガバナンス、ディスクロージャー、ジェンダー、ハラ
スメント、インバウンド、感染症などの概念浸透や経済構造の変革、正規・非正規、人出不足、
ロボット、終身雇用制度の見直しと在宅リモートワーク、移住、シェアオフィス・ハウス、事
業承継、規制緩和、温暖化や地球環境、省エネ、再エネ、カーボンニュートラル、ゼロカーボ
ン、食糧問題、量子コンピューター、ブロックチェーン、アート思考、NFTとアート、フリー
ランス、副業、クラウドファンディング、経済安保、消費税、復興税、環境税、年金、物価高、
負債・国債などの意識が高まった期間。リーマンショックや東日本大地震、大津波、福島原発
事故、熊本地震、能登複合災害、人手不足、デフレ、株安、円高・安、闇金、サラ金、裏金、
所得格差なども経験している。
建築界では、CADやBIM、日影ソフト、各種シミュレーションソフトを含む多様なソフトやデ
ジタル技術、スキャナー、プロッター、複合出力機、タブレットなどのハードや設計と施工環
境をベンチャーやスタートアップ、ラージファーム、3万7千社以上ある創業100年を超す機を
見るに敏なる企業などの協力で、新形態のシステム転換の基礎を固めていた。これが現在では
弾みとなり、フラット35や各種助成金も含めて公共施設や住環境、オフィス空間、外部空間の
環境が改善され次世代への夢へと繋げている。技術リーダー国の日本が、ベクトルの的を絞っ
て足固めが進められた30年間といえる。安全や健康、SNS、SMS、インフルエンサー、ふるさ
と納税や地域活性化、各種優遇政策。反面、過疎化や老齢化、少子化、旅客機開発挫折、フェ
イク情報や誹謗中傷、イジメ、特殊詐欺、サイバー犯罪、指示役による押込み強盗と闇バイ
ト、国際紛争、ロシア侵攻などの事件や紛争も起きている。この期間は状況を悲観的にも考え、
時にはバイアスを掛けて反応し展開した。
因みに新概念で設計された建築が、スマート建築といわれ始めたのが1988年、沈滞化のスター
ト時期である。第一号がホンダ青山本社だといわれる。その後の30年間でパソコンや携帯電話、
自動車のデジタル化とモバイル化、FAX、ガラケーに端を発した携帯のスマートフォン、PC、
ワープロ、フロッピーディスク、ミニディスク、DVD、光ディスク、デジタルカメラ、デジ
タル放送、BS・CS、液晶テレビ、4K・8K、交通系・クレジット系IC電子カード、電子決済、
気象衛星ひまわり、小惑星探査はやぶさ、イオンロケット、半導体、地熱・風力発電、ソー
ラーパネル、バッテリー、EV車、モビリティ、水素燃料系エンジン、LRT、リニアモーター
カー、バーコード、QRコード、各種アプリ群、ビットコイン、DX、LED、iPS細胞、生成AI、
高度工作機械、水中フュージョン3Dセンサーや各種センサー、OEM、Jリーグなど挙げるのに
暇がない。これらは、日本代表する各社やベンチャー・スタートアップ企業で多岐に渉り開発
されて来た。サプライチェーンにも大きな変化を加えた。日本は生産財の多くで世界の高シェ
アを占めバランスを図りながら発展する力が有るといえる。現在は、アイドリング期間を経て
少しずつ加速しスピードを挙げている。
このコラムを考えながら辻井伸行氏の映像とピアノとオーケストラの演奏曲を聴きながらリ
ラックス休憩。身体でリズムを取りながら楽譜無しで演奏している彼の姿を思い浮かべながら
入力を進める。彼は、天才だと強く感じる。研ぎ澄まされた聴音の感覚と耳でしか感じられな
い音楽を豊かに感性深く捉えられているのが、素人の小生にも伝わり、辻井氏の素晴らしさと
ミスがない演奏に驚愕する。彼の脳は、記憶は、旋律は、どの様に研ぎ澄まされ、辻井氏独特
の創造演奏に繋がっているのか、脳学者の研究として魅力的ではないのか。立体的で感性に溢
れる辻井氏独特の正確なデジタル数値の楽譜があるのではないだろうか、と考えてしまう。想
い出したが、我が恩師もご機嫌な時によく、クラシックを口ずさんでいた。
前回のコラムで昆虫が大切であり、その多様性と不思議さに触れたが、9月18日の朝日新聞に
よれば、昆虫の短期間で環境に適応する進化・改革をモデルにしてAIの開発を進めるデジタ
ル系スタートアップ企業「サカナAI」への出資が相次いでいるという。「進化的モデルマー
ジ」手法を開発し、自然界の昆虫進化のように何世代も先を見越して掛け合わせ、短期間での
進化を図り優れたモデルを選択する。AIは人間をサポートする手法だと考えているが、企業
の特性にマッチさせたAIサービスを提供するという。AI搭載機器で生態認証し個人データ
収集も始まっているが賛否両論。
9月29日のNHKの“ダーウィンが来た”で、周期蝉の数兆匹の発生状況が放映された。17年周
期蝉は最も長生きの蝉だという。氷河期の樹木生長が遅くなった時に蝉の成長もこれに合わせ
遅くなったとの研究がある。4年周期毎で羽化するかどうかのセルフチェックが、この蝉にあ
り12年目と16年目がその年。GO!となると白目が赤眼に変わり、目が見えるようになると
いう。準備が整い次の年の13周期と17周期に一斉に羽化。因って、221年周期での同時羽化
となる。3種の音色を使い分けるラブソングでメスにアピローチ。メスの羽ばたく音を雄が聴
き、3曲のラブソングの後に求愛が成就する。一匹のメスが樹に開けた穴に5~6個の卵を産み、
場所を変え500粒位を産む。こうして何兆も産卵し命を次世代に繋げる。
私達人類も昆虫に負けず劣らず、生活環境変化への対応力がある。変遷を挙げれば、かわら版
や新聞、本、漫画誌、絵本、雑誌位だけだったのがラジオやレコード、ソノラマ、蓄音器、録
音機、ウォークマン、TV、VTR、4K・8K、光ディスク、ミニディスク、DVD、iPod、ICレ
コーダー、CD、USB、ショルダーフォン、ポケベル、PHS、ガラケー、スマートフォンと進
化、デジカメ、インベーダー、スーパーマリオ、ポケモン、eゲーム・スポーツ、YouTube、Facebook、X、Instagram、TikTok、LINE、ZOOM、Netflix、BeReal、プロジェクション
マッピング、Webメディア、などと激しく変化し多様化の歴史を持つ。この変化で大きな乖離
や抵抗も無く、何時の間にかスムーズに対応し老若男女が日常生活で利用している。素晴らし
い!!
話を本題に戻す。日本にも世界に冠たる先進企業が数多ある。古河市兵衡が起業した古河電工
もその一社であり、光ファイバーの実用化では世界的な先駆社である。古河は富士電機を起こ
し、現在、日本のデジタル技術の先頭を走る富士通は、電話・通信部門が独立した会社。さら
に数値制御の工作部門がファナックとなった。最近では、日本製鉄やソニー、シャープなどの
異分野企業がモバイル開発に参加。建築関連では、菌糸で造る建材や月での住居計画などが進
められている。この他で興味が有るのは、地域に特化した小さな発電と考える。小さな太陽光
発電、小さな水力発電、小さな風力発電、小さな地熱発電、小さな海流発電、地下鉄内の小さ
な風力発電、橋梁の小さな振動微力発電、ゴミ焼却と組み合わせた小さな火力発電、EV車での
小さな家庭用非常発電、小さな原子力発電などがこの30年で着々と静かに企画と開発が進めら
れている。今年はシーテックとモビリティショーが初併催となった。右脳と左脳や大中小が上
手く混ざるか、今後を期待したい。
Archi Future 2023講演者の秋吉浩気氏を中心にCADやBIMなどのコンピュテーショナル
スキルを駆使し大活躍中で著名なVUILD(ヴィルド)が、全国にデータ入力で木材切断をする
"ShopBot”を設置。10月10日にVUILDが設計施工した東京学芸大校内の「遊ぶ、学び舎」
を先日、見学した。一方、能登の復興では、金沢21世紀美術館と能登・七尾の建築家、
岡田翔太郎氏らとのコラボで今迄にない手法と工法で手堅く進行させている。金沢21世紀美
術館のプロジェクト工房に"ShopBot”を設置し生活者も参加しながらの家具から住まい方に
関する被災地支援。
最後に、今年のノーベル賞の受賞者が発表された。研究のプロセスで生成AIを取り込んだ化
学者と物理学者が受賞者となり、日本被団協が平和賞を受賞した。ノーベル賞は時代を映す鏡
でもあると強く感じる。