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コラム

BIMより人が主役

2024.11.07

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

BIMソフトを開発している会社のI氏から声かけがあり、大学で建築のデジタル教育に携わっ
ている面々と日本のBIM教育について意見を交わす機会があった。

参加する当日までその機会の真意がよく分からなかったのだがどうやら日本でBIMの普及が
頭打ちになっているのは高等教育機関でのデジタルやBIMの教育が不十分であるためで
れを解決する策に関して皆で議論しませんか、ということだったらしい。
まったくそれには同感であったのだが、1時間ほどの議論の末、さまざまな意見が出たもの
の(おそらく大方の参加者の予想通り)特効薬のような答えは出なかった。

日本建築学会の建築情報教育の委員会で長年この問題に取り組んできた私は、そんなに簡単な
話ではないと内心思っていた。
情報ではなく建築を教えることが学校での教育の目的である訳だし、建築士の受験資格や登録
のための実務経験を得るための単位のルールだってある。私が属している大学の場合、毒まん
じゅうのために2年生に上がる際に建築か土木かを選択するよう改悪されてからは建築の専門
教育が1年生で開講できなくなってしまったし、その代わりに工学基礎なる理系に特化した新
たな教養科目が従来の教養科目と別に新設された。

学生にとって学びに関する選択の自由はほとんどなく、必要と言われて短期間で無理矢理知識
を詰め込まれている。そこに新しい授業を加える余裕は、本当に1ミリもない。
無論このままでよいわけはないのだがかといって妙案はなくどこの大学も硬直状態にある。

増やせないなら、今の授業を変えていくしかない。

デジタルとは縁がない授業に、じわりじわりとBIMを浸透させることができないか。少し前に
そういう思いで「チムによる建築教育 教育プラットフォームとしての授業間デジタルハブ
構想」という論考を日本建築学会に寄稿したことを思い出した。
その一部を抜き出したのが以下の文章である。

教員それぞれの教育に対する思想やスケジュールを尊重しつつ、なおかつ、(建築を一つの側
面だけで捉えるのではなく)なんとか「一つの建築」として教えることはできないかそこで
BIMの利用を前提としかつ教材となる建築を教員間で共有することで、緩やかなつながりの中
で「一つの建築」を教え/学んでいくというスタイルを提案する。授業同士がデジタルデータ
によって緩やかに結ばれる状況から、これを「教育プラットフォームとしての授業間デジタル
ハブ構想」と呼ぶこととする。
※( )は原文に追加

要は、細分化された建築専門分野を関連なく学ぶという建築教育の問題の現状があり、それを
打開するために教材としての同じBIMモデルを教員間で共有し、それを座学や演習で少しでも
活用する、という発想である。そこでは、建築教育の問題とデジタル教育の問題をまとめて解
決することを期待している。

無論この提案には教員学生がBIMソフトを使えるという前提があるだが教育の中でBIM
モデルを活用する程度の操作法の習得は自学で十分であり、それは私が2007年から18年間実
施してきたBIM演習授業で証明済みである。現在、その授業の自習教材を書籍として刊行する
最終段階に入っており(過去のコラム「BIMとは何だろうか」)、BIMを学ぶ第一歩を踏み出
そうとする人々のお手元に届く日も近い。
この書籍によって、BIMソフトの操作法を授業で解説する必要がなくなり次の段階から講義が
できることを、私自身心待ちにしている。

企業を変えるより教育を変えた方が効果が高い。件の会社のその目論見は、確かに的を射てい
る。しかし、私はもっと大きな目的のためにこれからも教育について考えたい。
大学でも企業でも家庭でも、人を導き育てることは簡単なことではない。時間と手間を要する
わりには見返りの少ない、今風に言うとコスパの悪い作業である。たまごっちのように、自分
に都合良く付き合えばよいものではない。
しかし、素晴らしい建築をデザインしたり最先端の技術を開発することと同じくらい、いや、
それ以上に、教育は未来を創るためのとても大切な行為である。

その未来には、多くの人にとって有り余る見返りがある。

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授