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コラム

BIMに手書き図面の”味”は出せるか?

2024.11.21

パラメトリック・ボイス
                東京大学 / 中倉康介建築設計事務所 中倉 康介


東京大学豊田研究室の特任研究員の中倉康介と申します。
研究室のメンバーがリレー形式で執筆している連載コラムも2周目に入りました。私は前回の
第2回に続き、今回の第10回を担当させて頂きます(これまでのパートは次の通り: 第1回
第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回)。

私は豊田研究室でsmart cityやコモングラウンドに係るリサーチを進めており、BIMデータに
触れる機会があります。一方で、自身の建築設計事務所で住宅やホテルの設計監理を行ってい
る関係で、歴代の建築家の大判図面集を広げて読み込んでみたり、展覧会に足を運んで青焼き
図面をしげしげと眺めることもあります。

その中で感じるのは、手書きの図面や2D CADから紙に出力された図面には何とも言えない
”味”がある一方で、BIMデータはどこかフラットで冷たい印象を受けるという事です。その違
いはどこから生まれるのか少し考えてみますと、前者の図面には次のような特徴がありそう
です。

① 図面の手跡や表現方法から、設計者が注力した点や検討過程が読み取れる。例えば断面図
  の切断位置を途中でクランクさせている等、設計者が特に見せたい箇所・伝えたい納まり
  も分かりやすい。
② 紙面のサイズが大きいことが多く、さらに、紙媒体で机に並べれば同時に何枚もの図面を
  閲覧できる。
③ 青焼きのような出力媒体の古さや、普通紙への印刷でもその黄ばみ等から、原本(or出力
  された原紙)自体が大切に保存されてきた歴史を見て取ることができる。逆にボロボロの
  図面でも、例えばそれが契約図の製本であれば、おそらく工事現場で設計者や施工者が何
  度も参照しながら使い込んだであろうということが想起される。
④ デジタルデータのようにコピペができない環境で、精緻に作図された矩計図や詳細平面図
  を見ると、その職人技や作図にかけられたであろう膨大な時間に敬意を抱く。ビューポー
  トを後から自由に調整できない中で、紙面上に美しくレイアウトされた図面を見ると、そ
  れ自体に作品的な要素を感じる。

①については、むしろBIMデータの方が検討過程の履歴をより分かりやすく提示できる可能性
があります。具体的には、連番で保存されたデータの任意のバージョン同士を重ね合わせて変
更部分をハイライトすれば、設計のプロセスを自由な時系列で遡ることができます。
AutoCADにもCompareというコマンドがあり、図面を修正する際のセルフチェックに私もよ
く使っています。断面位置などの見せ方についても、(手書き図面や2D図面ほど柔軟ではない
ものの)部分的にマニュアルで修正することが可能です。

②については、BIMデータでもプロッターで大判出力すれば同じ環境を作ることができます。
私自身は、事務所に置いていたプリンターも廃止し、契約書や確認申請も電子化してペーパー
レスで仕事をしているのですが、唯一まだ紙媒体に及ばないのは、紙面サイズだと感じていま
す。打合せの場所で頭を寄せてその場でスケッチするには、iPad pro 12.9インチでは(手元で
シームレスに拡大縮小はできるものの)少し物足りないサイズ感です。大きなモニターに映す
ことは可能ですが、手元と画面に物理的な距離ができてしまうデメリットがあります。

③については、BIMの歴史がもう少し積み重なって、そのデータに資産性やビンテージ的な価
値が付帯してくると、紙媒体に抱く感情と同じような感性が芽生えてくるのではないかと思い
ます。例えば、データ整理をしていたらMiniCADのファイルを見つけて、(残念ながら私は触
れたことがないのですが)当時使っていた方が懐かしく盛り上がるような感覚に近いでしょう
か。あるいは、BIMデータの各部分ごとに閲覧・参照された回数や修正・上書き保存された回
数がヒートマップ的に分かりやすく表示される機能が実装されれば、データの特定の部分に使
い込まれた感が出てきたり、論文の引用数と同様に1つのデータの中でも重要度が高い部分が
視覚化されるのではないかと思います。

④については、図面自体に対する価値観に係ることです。図面=設計内容を伝達するもの、と
考えてあくまで施工された最終的な建物をアウトプットとみなすという文脈では、必要十分な
情報が盛り込まれていれば、どのような図面形式でも役割は同じです。一方で、図面=設計者
の意図を表現するものと捉える場合は、設計者が作成する一次資料として、その図面自体に価
値を見出すこともできます。読み物としての価値や、コレクションとしての収集欲を駆り立て
る源泉はこの辺りに紐づいているように思います。

ここまで出力された図面とデータそのものを比較してみましたが、一番の違いを一言でまとめ
ると「データが固定化されているか否か」なのかもしれません。何でも情報を盛り込めて、必
要な時に欲しいプロパティを自由に参照したり、好きな図面を任意の縮尺でアウトプットでき
るのがデジタルデータの強みですが、何の情報を、どのような縮尺とレイアウトで、どの順序
で読んでほしいのか、もっと主張してくるようなインターフェースがあってもいいのかもしれ
ません。BIMデータの価値化について、施工監理や施設管理の観点から語られることはよくあ
りますが、実はデータ作成者の恣意的な意図が垣間見えることで、手書き図面の”味”のような
ものを表現できるようになると、保存・閲覧・コレクション用としてもBIMのファイル自体に
更なる魅力が生まれるのではないかと思います。

 Stable Diffusionにより作成

 Stable Diffusionにより作成


 

中倉 康介 氏

東京大学生産技術研究所 特任研究員 / 中倉康介建築設計事務所 代表取締役