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コラム

優秀な後輩、チャット=ジーピーティー君

2025.02.06

パラメトリック・ボイス
                     東京大学 / スタジオノラ 谷口 景一朗


ChatGPTの進化がすごい。
なんてことを書くと「何をいまさら」と言われるかもしれないが、昨年5月に画像・音声・テ
キストのスムーズな統合処理を可能とするGPT-4oが発表されてから8か月。その推論能力の
向上が著しい今回のコラムでは、そんなChatGPTのすごさを実感した最近の研究ネタを2つ
ほど紹介したい。

 ChatGPTに入力したオフィスレイアウト図

 ChatGPTに入力したオフィスレイアウト図


例えば上の画像とともに、次のようなプロンプトをChatGPTに入力する。

  この画像はオフィスのレイアウト図です。赤い数字は座席番号を示しています。3番の席
  の特徴を200文字以内で説明してください。

するとものの十数秒で、以下の答えが返ってくる。

  3番の席は窓に近い位置にあります。このため、自然光がよく差し込む明るい環境に位置
  しており、快適な作業スペースと考えられます。3番の席は独立した六角形の机を4番の
  席と共有しており、隣同士で協力や会話がしやすい配置です。

あるいは、次のように入力してみる。

  29番の席によく座る人は、どのような特徴がある席を好む人でしょうか?

すると、次のような立派な回答が返ってくる。

  29番の席は以下の特徴を持つため、次のような好みを持つ人に向いていると考えられま  
  す:
   1. 静かで集中できる環境を好む人
     部屋の隅に位置し、他の席から距離があるため周囲の影響を受けにくく静かに集
       中して作業をしたい人に適しています。
   2.エントランスへの近さを便利と感じる人
    エントランスや設備(収納、給湯スペースなど)に近いため移動が少なく効率的に
    動きたい人に適しています。
   3.自然光や外の景色にこだわらない人
    窓から最も遠い位置にあるため、自然光や外の眺めが必要ないもしくは人工照明で
    も快適に作業できる人に向いています。
  これらの理由から静けさやプライベート感を重視し、効率性を求める人が29番の席を好
  む傾向があると考えられます。

レイアウト図下部にあるキッチンカウンターについてはこちらからは何の説明も与えていない
のにも関わらず、給湯スペースであることをChatGPT自ら判断している。すごい。最後に、以
下のように入力してみた。

  今日は仲間と3人でディスカッションをしながら作業をする予定です。頻繁に会話をする
  予定なので、あまりまわりに迷惑とならないようにしたいと考えています適した席の番
  号を教えてください。

すると、次のように返ってきた。

  頻繁に会話をしながら作業をする場合、周囲に迷惑をかけないよう、比較的他の席から離
  れているエリアが適しています。以下の席が適していると考えられます:
  適した席の候補
  1.18番、19番、20番または21番〜23番
   このエリアは部屋の右側に位置しており他の作業エリアからある程度距離があります。
   また、六角形の机を共有することで、3人が近い距離で座りながら会話しやすい環境で
   す。
  2.24番、25番、26番
   ラウンジエリアに近く、通常の作業席から離れているため、周囲を気にせず会話を楽し
   めます。円卓を囲んで座れるため、自然なディスカッションが可能です。
  おすすめの席
  「24番〜26番」のラウンジエリアを使うことをおすすめします。このエリアはディス
  カッションのためのスペースとしても使いやすく、他の席から離れているため迷惑にな
  りにくいです。

もはや昨今流行りのABW(Activity Based Working)型オフィスなどで、入口にChatGPTを
実装したロボットを置いておけば、その日の気分や作業内容に合わせた座席をレコメンドして
くれるようなシステムが容易に実装できそうである。ちなみに、プログラミングに精通された
方なら想像していただけると思うが、先ほどのようなおすすめの席をレコメンドするプログラ
ムをルールベースでプログラム記述しようとすると結構大変である。あるいは、比較的このよ
うなシステム構築に適している深層学習を用いる場合も、適切な報酬の設定に案外手こずる。
それがChatGPTではたった数行のプロンプトでこれだけ的確な回答が返ってくるのだ。

 ChatGPTが描画した温湿度変動グラフと授業時間の推定

 ChatGPTが描画した温湿度変動グラフと授業時間の推定


もう1つのネタを紹介する。
上の図はある講義室の1日の温度(黒線)・湿度(赤線)の変動グラフである。このグラフ自
体もセンサーの生データであるcsvファイルをChatGPTに入力して、縦軸・横軸に関する
ちょっとした指示をすることでChatGPTに描画させたものであるこのグラフを再度
ChatGPTに入力し講義が行われていたと推測される時間帯を黄色く色塗りをしてもらった
なんとなく3つの黄色い時間帯のまとまりが見えてくるだろう。実はこの黄色い時間帯は
際にこの日に講義が行われていた時間帯と概ね一致する。ChatGPTに人がいる時間帯を推測
した根拠を尋ねてみると、以下のような回答が返ってきた。

  冬の大学講義室における温湿度データから人がいる時間帯を推測した理由は、以下のよう
  な冬特有の環境条件や講義室の使用特性に基づいています。
                                           
  1. 冬特有の室内環境特性
    •温度の上昇:
       ◦冬季の室内は暖房設備が使用されており、基本的には一定の温度を維持しよ
          うとしますが人の密度が高くなるとさらに温度が上昇する傾向があります。
       ◦人の体温や活動が、エアコンの設定温度を超える形で温度の変動を引き起こ
          すため、授業中や休憩時間中に温度の上昇が見られることがあります。
    •湿度の上昇:
       ◦冬は乾燥しやすい季節ですが、人の呼吸や発汗が湿度を上げる重要な要因と
          なります。
       ◦特に閉鎖空間で多くの人が集まると湿度が上昇するため、湿度の増加は「人
          の滞在」の指標になりやすいです。
                                          
  2. 講義室のスケジュールに基づく活動時間帯
    •講義室は一般的に朝8時から夜21時まで使用されることが多いため、この範囲での
         温湿度変動に注目しました。
    •特に授業が始まるタイミング(朝や昼休み明け)や終了タイミング(夕方)で、人
     の入退室による温湿度の変化が見られる可能性が高いです。 
                                          
  3. 温湿度変動の傾向
    •温湿度の同時上昇:
       ◦温度と湿度が同時に上昇する場合、単なる機械設備の影響ではなく、人が活
        動している影響である可能性が高いです。
       ◦例:休憩中に静止していた温湿度が、講義の開始とともに上昇する傾向が確
        認できます。
    •温湿度の持続的な変動:
       ◦温湿度の一時的な変動ではなく、30分以上の継続的な変動が見られる場合、
        人の滞在が原因と推測しました。
       ◦授業時間は一般的に90分のため、温湿度が継続的に変化している時間帯は講
        義中である可能性が高いです。

お見事。特に温湿度の同時上昇という現象から発湿源である人間の存在を推測しているところ
などは感動すら覚える。これだけの推論能力を有してれば、ある程度の期間のセンサデータを
入力することで、その傾向や周期性を読み取ることで設備機器に対するフィードフォワード制
御を行うことが可能になってくる。筆者らはさらに、講義シラバスなどの文字情報を入力する
ことで各講義の出席人数を予測し空調制御にフィードバックすることに現在取り組んでいる

さて、ここまで読んでいただくと、ChatGPTを普段から使われている読者の方から「そんなに
都合よくすべてがうまくいくわけではない」というご指摘をいただくだろう。ご指摘のとおり
である。ハルシネーションと呼ばれるAIが誤った情報や事実とは異なる情報を生成する現象に
対しては引き続き十分な注意が必要だし、正しい推論を得るためにはちょっとしたプロンプト
の工夫が必要になってくる。

しかし、である。

ある知り合いが「ChatGPTは知識が豊富な後輩である」と言った。実に言い得て妙。つまり、
指示が不正確だと十分に能力を引き出せないのである。誤った推論が導き出されたときは後
輩(ChatGPT)が無能なのではなく、先輩(ヒト)の指示が良くなかったのだ。「ChatGPT
なんてつかえない」と嘆くのではなく後輩に教えるように丁寧なプロンプトを心掛けること
が重要である。そして、この後輩、実にタフである。夜中の3時に指示を送っても労働基準法
で訴えてこない。あるいは誤った回答をしたときに厳しく指摘してもパワハラだと抗議して
こない。いつでも明るく元気に話を返してくれる。

こんな優秀で従順な後輩、チャット=ジーピーティー君と皆さんも遊んでみませんか。
 

谷口 景一朗 氏

東京大学大学院 特任准教授 / スタジオノラ 共同主宰