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コラム

発注組織におけるBIM

2025.03.04

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

ISO 19650-1&2を眺めていると、OIR、AIRPIRとEIR以外にも情報要件の3文字略語があ
る。これまであまり気にしていなかったが、前々回のコラムにも書いたCentre for Digital
Built Britain (CDBB)が遺してくれた「International BIM Toolkit」にある、各情報要件の
ガイダンスやテンプレートを見ていると、なるほどな、と感心することが多い。情報要件は
BIMを導入するために記述するのではなく、発注組織の資産管理活動を支援するために策定す
結論から言えば設計や施工からファシリティマネジメントにBIMデータを連携するには
AIRが重要な意味を持つ。

 ISO 19650-1 “Hierarchy of information requirements(情報要件の階層)” を元に筆者
 が作成

 ISO 19650-1 “Hierarchy of information requirements(情報要件の階層)” を元に筆者
 が作成


OIRは「Organisational Information Requirements」の略語で、「組織情報要件」と訳すこ
とができる。この情報要件は「事業運営やより広範な戦略目標を支援するために提供されるべ
き情報を定義するもの」とされている。CDBBによるOIRのテンプレートは「目標と方針」
「必要な情報と活動」「構造と責任」「ガバナンス」の4章で構成されている。
「目標と方針」は、資産関連情報を取得、維持、利用する前提となる組織(企業や団体)の目
標、目的、それが立脚する制度や基準を明確にする。例えば、「カーボンニュートラル」とい
う目標を立て、その目的として「保有施設のエネルギー使用量削減」などを挙げ、英国発の建
築物の環境性能評価システムBREEAMの指標で評価するといった感じである。目標は、ESG的
なものだけでなく「建設コスト削減」や「事後メンテナンスの削減」などでも良いとされる。
「必要な情報と活動」は、目的を達成するための項目(例えば、BREEAMの項目)と、その目
標値を設定するために必要な情報要件(例えば目標排出率 (kgCO2/m )^2)それらの情報
を提供する形式(例えば、スプレッドシート)、それを提供する部門および提供のタイミング
を明記する。
要するにOIRは、企業や団体における事業活動のポリシーに基づいた資産マネジメントすなわ
ちファシリティマネジメントの戦略や計画を提示する文書と言える。

AIRは「Asset Information Requirements」の略語で、「資産情報要件」と訳すことができ
る。ここでいう資産とは維持保全の対象となる機器や設備を指す。ISO 19650-1によれば、
OIRをカプセル化(encapsulates)したものがAIRで、その注記には「“encapsulates”
means “provides the input to”」とある。つまりカプセル化は、OIRで定義した資産マネジ
メントの管理値を、ビルメンテナンス上の管理対象である機器や設備すなわちオブジェクト
単位に展開したものだと思うAIRのテンプレートは「維持管理対象資産」「情報要件」「情
報規格、情報作成方法および手順」の3章で構成されている。
「維持管理対象資産」では施設資産のライフサイクル全体を通じて維持管理の対象とする資
産の一覧を明記する。CDBBのAIRガイダンスには「appointing party(発注組織)が必要な
情報だけを入手し資産情報モデル(AIM)に余計なデータが含まれないようにするためには
メンテナンスが必要な資産/コンポーネントだけを特定することが重要」と書かれている。
「情報要件」では、発注組織で使用している資産管理システムやファイルに合わせたデータ構
成の記述と、OIRの達成に必要な、管理、メンテナンス、サステナビリティ(エネルギーモニ
タリングなど)などの活動に必要な情報要件とその情報コンテナを明記する。情報要件は機器
や設備の管理台帳の項目が主体であり、情報コンテナは提出を要求するファイルフォーマッ
ト(例えば、スプレッドシートなど)である。
「情報規格、情報作成方法および手順」では、UniclassやCOBieなど施設資産管理で用いる標
準や一意の資産識別コードを生成する規則を明示する。また、ネイティブ形式やIFC形式の
BIMデータxlsx形式の資産情報pdf形式の図面など元請受託者(設計事務所やゼネコンな
ど)に提出を求める成果物を明記しておく。
要するにAIRは、資産管理情報の社内標準と、元請受託組織から受領する情報の基本事項を整
備した書類である。受領した情報を発注組織の資産管理システムで利用することを考えた場
合、属性情報が完備されたBIMデータを受領するだけでは、発注組織自身でそこから必要な情
報を必要な形式で抜き出さなくてはならないので、面倒だし困るのである。困らないようにす
るには、自身が必要とするファイルフォーマットでBIMデータから情報を抜き出すことを元請
受託組織に要求しなくてはならない。それはプロジェクトごとに異なるものではなく、発注組
織内で統一・共有しておくべきである。つまり、EIRを提示する前に、自組織内の資産管理標
準を整理して共有せよという至極あたり前のことをISO 19650シリーズは言っているしか
し実際は、施設ごとに管理方法や記録内容が異なっていたりばらついていたりする企業や団体
が多い。それが悪いとは言わないが、無標準がファシリティマネジメントのデジタライゼー
ションの障壁になっていることは否めない。建築生産プロセスでのBIM導入が広まってきた今
だからこそ、発注組織はAIRの整備に向けて重い腰を上げ、EIRについてもう少し考えを巡ら
せる時ではないだろうか。
CDBBが作成したOIRとAIRのテンプレートの目次とガイダンスの記載内容の超要約を意訳し
てみたファイルのリンクを下記に記載しておく。
CDBB 情報要件目次の概略

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授