BIMと社内文化
2025.05.29
パラメトリック・ボイス 熊本大学 大西 康伸
誰にだって、一生の内で一度や二度は何をやってもうまくいかない時期がある。
細木数子の六星占術によれば、2年前から12年に一度の大殺界で、今年は3年間続く殺界の最
後の年である。12年前の前回は厄年と重なったためか、日常生活が送れなくなるくらい酷く
体調を崩してしまった。今回は何もありませんようにとご先祖様に祈っていたが、なんとなく
これがそれなのかと思う仕事上の出来事が立て続けに起こっていて、今も絶賛進行中である。
取り掛かっていた2つのインテリアデザインの案件は、両方とも発注者の事情で没。住宅局長
の肝いりと聞かされて昨年度取り組み始めた行政との共同研究は、担当者がジョブローテで入
れ替わってしまい、どうなるかわからないまま足踏み状態。その他、いくつかの共同研究は年
度替わりや先方の人事にまつわる諸事情で停滞。
中でも、5年続けた大口の共同研究先A社からの突然の一区切り宣言には、正直落胆してしまっ
た。維持管理業務におけるBIMの活用という難題にはじめて光明が差した取り組みだっただけ
に、思い入れも強い共同研究であった。
件の宣言は、A社のジョブローテによる新しい担当者たちによるものであった。無論、人が替
わったことだけが理由ではないと思うが、直前の3月に次年度はこれをやりましょうねと前担
当者たちとおおよその研究計画に対して合意を交わしていたにも関わらず、である。
BIMの導入は単なる道具の入れ替えではなく、仕事の手順や内容、それを実行する組織を最適
化することで効果を発揮する。しかも、維持管理という分野に最も近しいと思われる建築学科
でさえも、それについて教育・研究することがほとんどないと言っていい、そういう分野への
BIMの導入である。維持管理のDXはすぐに成果が得れるほど簡単ではない。
5年も続けたその取り組みを、たった5年でやめてしまうなんて。
共同研究がスタートする時にはいつも、情報技術の重要性について伝えた上で契約を結んでも
らっている。しかし、伝わったのは担当者のみで、おそらく会社の上層部の人たちには理解さ
れていなかったのであろう。
情報化のための技術の導入は会社にとってとても大事なことで、ひと・もの・かね全てに関係
するものであるから、人事やその他の事情に左右されるものではなく優先される事項である。
それを、どうすれば理解してもらえるのか。もしくは、それは伝達が可能な類いのものではな
く、社内で醸造される、ある種の文化のようなものなのだろうか。
ちょうど1年前のコラム「BIMと次世代の維持管理(※ここに答えはありません)」で宣言し
た通り、この4月にBIMとクラウド技術を活用した維持管理支援サービスを業務内容とする会
社を、多くの方々のご支援で設立することができた(図1)。この会社を設立したメンバーは
全員、情報化のための技術の大切さを理解している。すでに受注している10件程度を対象に
今年度はサービスの質を上げ、来年度から正式に広く受注を開始する予定である。
幸い、A社との5年間の全てが無駄になるわけではない。しかし、A社の現業に特化してここま
で開発を進めたにも関わらず、何とも勿体無いことである。
図1 維持管理支援サービス会社で使用する維持管理支援システム
数年前にA社の共同研究担当者であったKさんは、点検現場にこの技術が導入された未来を楽
しみにしていますと打合せ帰りの電車の中で言った。Kさんは会社の都合でBIMと縁もゆかり
もない部署から異動してきて、会社の都合で再び縁もゆかりもない部署に異動していった。真
夏の現場での開発システムの実証実験の際、いろいろ大変ですが面白いですと汗をかきながら
言っていたのを思い出す。
今回のA社の決断が正解かそうでないかは分からないし、この先も答えは出ないと思う。
それはさて置き、今回設立した会社でA社からの業務を受注する、そんな日がいつか来ること
を願う。Kさん、ごめん、もう少しまってて。