プログラミングを用いた設計手法・建築生産
2017.09.19
パラメトリック・ボイス ジオメトリデザインエンジニア 石津優子
コンピュテーショナル・デザイン、プログラミングを用いた設計手法と聞くと、どのようなも
のを想像するでしょうか。自由曲線を多様した有機的な形だったり、自動生成で導き出された
複雑な形だったり、実務での設計デザインの仕事とは無縁の何かを想像する方も多いかもしれ
ません。
プログラミングが使用されている身近な例を挙げると、物理演算シミュレーションによって構
造力学の観点から形状の最適化を行ったり、日照日射や風といった環境シミュレーションから
周囲に与える影響を計算したりと、使用するソフトウェアの中で組み込まれたプログラムを利
用して現在の多くの建物が建設されています。
コンピュテーショナル・デザインは、ソフトウェアに組み込まれたプログラムを使うのではな
く、技術者の意図で必要なプログラムをデザインすることです。建設の過程は大変複雑なため、
常に一直線ではなく、幾度となく変わる条件により検討が繰り返されます。そのために誰もが
数か月前に行った同じような作業や検討を何度も求められた経験をお持ちかと思います。その
ような反復性のある検討においてプログラミングを用いた設計手法は、かなり有益です。例え
ば、予算的な問題が生じたとします。デザインの方向性を変えず、長さや数量をパラメータで
部材の容積を調整することによって解決を考えるとします。その際にどこまでの数値であれば、
デザインを大方変えず案を改善できるか検討するためのプログラムをカスタマイズで書くこと
で、ボタン一つ押して一瞬で3Dのモデル生成だけではなく、施工用の図面変更や積算表まで
作ることができます。もちろん、複雑な形をデザインすることもプログラムを用いた設計手法
の得意とするところですが、こうした従来マンパワーで行ってきたところをプログラムが補っ
てくれるところに大きな有用性があります。プログラムを用いることでの一番の強みは、一度
プログラムを書いてしまえば、その変更が一回であれ百回であれ、その精度は落ちず労力も変
わりません。例えば、BIMモデル制作において100個の部材を1回だけ、手入力するなら良い
かもしれません。しかし、その変更が10回以上重なったときにどうでしょうか。その情報入
力する人の労力は精神的、肉体的にも辛いものになるでしょう。また、反復性の作業に強いだ
けでなく、その変更を各専門家へ伝える媒体である図面や積算表といったデータを同時に扱え
ることで各工程を繋ぐ潤滑油としての機能を果たします。
近年では、CADソフトのライノセラスのプラグインであるグラスホッパーといったビジュアル
プログラミングの登場により、建築系の技術者にとって扱いやすくなったことで効率的にプロ
グラムを書くことが可能になりました。グラスホッパーはソフトウェア間の情報交換もしやす
く拡張性も高いため、設計者と技術者が繋げることを容易にします。最終的な根拠となるシ
ミュレーションは専門の方が請け負うことになりますが、このように設計の段階で簡易的なシ
ミュレーションを行うことで後戻り少なくなります。
しかしながら、以前に比べ比較的に容易になったといえプログラムを書く作業は、ソフトウェ
アを覚えて使うことに比べ、コンピュータ自体や情報の専門的な知識や技術が求められます。
各工程での専門家が技術を習得するために鍛錬が必要なのと同様に、この設計者や技術者の意
図に合うプログラムを書くという技能は、建築における設計、構造、環境の分野と別の新たな
分野である情報分野としての専門性が問われます。
私自身の経験としては、その専門性をスイス連邦工科大学のArchitecture and Informationと
いう建築情報学科のMaster of Advanced StudiesのCAADコースで習得しました。授業では、
主にProcessingというJavaをベースとしたプログラミング言語を学び、それをツールとして
利用し様々建築的な情報の扱い方に対しての課題に取り組みました。その際にインターネット
はもちろん、体系化された教科書で言語に関して調べたり、授業や大学外のワークショップに
積極的に参加したりすることで自分の求めている情報を素早く得るための技術を鍛錬しました。
このようなリサーチの日々を経験したことで感じたのは、やはり情報量としてはやはり英語が
一番多く、それが日本の学生のデジタルの技術が海外のそれと比べ劣っている大きな要因では
ないかという点です。それは帰国後、日本の学生を教える機会を頂いて大きく感じたことでし
た。こうした経験から、今年のはじめに出版した堀川淳一郎氏と共著の「Parametric Design
with Grasshopper ― 建築/プロダクトのための、Grasshopperクックブック」に繋がりまし
た。本書は、グラスホッパーを用いてパラメトリックな形状を作るというデザイン手法の手引
書です。自分たちが培った建築の新しいデザイン手法を日本語で共有することで、今まで興味
を持っていなかった学生や実務者にもこの分野のことを多少でも知ってもらい、日本でこの分
野が盛り上がる一つのきっかけになればという意図が込められています。
現在まだこの分野の専門家の数は少なく、日本では実務での応用の機会も限られています。た
だし、日本の生産技術力というのは非常に高く、建設の各工程が密に繋がり情報が円滑に流れ
るようになったときに大きな飛躍となることは間違いありません。私は現在、建築設計事務所
やゼネコンといったクライアントを中心に、カタチのどの部分をパラメトリックにし、どのよ
うなデザインの指標をつくるかというコンサルティングおよびエンジニアリングを行う仕事を
しています。一言で言うと各工程の意思決定の基準を数値化していくところが主な業務内容に
なり、具体的には形状に対して変更を加えない部分の指定や、次の工程へと繋げるための余白
であるパラメトリックに指定する部分の仕分け、図面の自動化の仕組みづくりや積算表の書き
出しといったパラメトリックな変更による結果の共有の円滑化を行っています。このような業
務内容を総じてジオメトリデザインエンジニアリングと私は呼んでいます。この建築の各工程
を繋ぐ新しい職能“ジオメトリデザインエンジニアリング”が一般的になったときに、建築に対
する複雑さと単純さという定義が揺らぎ、新しい建築生産の未来がみえることでしょう。