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コラム

CAD・BIM&音楽大

2019.07.02

ArchiFuture's Eye               ARX建築研究所 松家 克

先日、日本建築家協会(JIA)が企画・主催の「アーバントリップ」に参加し、小生が好き
な歌手の平原綾香さんや渡辺真知子さんが卒業した音楽大学を中心とする洗足学園キャンパス
と建築群を見学した。各建築の設計・デザイン担当者が、設計の狙いや主旨説明と解説。竣工
から現在迄の時間軸考察も含めて、興味深く楽しい時を過ごせた。
最初に、キャンパスの全体構想と音楽スタジオ棟・事務棟の設計とデザインを担当された
押野見邦英氏の説明があった。今後のキャンパス計画について理事長との徹底協議や検討の経
緯に触れられ、その帰結として“長い時間の経過にも耐えられる建築を目指す”が重要な基本構
想の一つになったという。これを踏まえたシルバーマウンテン・eキューブの形態、シルバー
色と渋赤色を対比させた色彩や空間。併せ、レクタングルとフラジャイル感を避け、自由曲線
を強く主張する“ときめく建築”の設計主旨などの説明を受けた上で、見学となった。イヤホン
ガイドでの解説は、動き廻りながらでも心地よく、見学者の質疑内容や情報が聞け、自由に楽
しく巡廻が出来た。5年前にもディテール誌の取材で見学しコメントを書いたが、汚れ難い素
材の選択やディテールの工夫と効果と併せ、メンテナンスにも配慮され、時間軸でも確実な設
計だと実感できた。
設計開始は、2010年。初期のエスキースデザインには、form・Zを利用。その後、ARUP、KAJIMADESIGNとの共同で、Rhinocerosによるデザイン思考や曲面パネル形状解析と外殻パ
ネリングスタディなどにコンピュテーショナル・スキルを駆使。自由曲線が幾何学的に規定さ
れ、これを基にPCによる広範なスタディが出来たという。スタイロフォームモデルと共にス
キームの昇華にも有効利用がなされている。自由曲面での割付、役物形状、風圧、反射・光環
境、雨水排水機能のディテールまで、CAD/BIMなどで検討されている。施工段階では、
3Dレーザー計測を駆使した“レベル出し”で、PC解析に限りなく近い形状で打設された曲面
躯体に、w=400mm 、h=600mmの8,000枚のフェライト系ステンレス板のパネルの原寸型
紙を直接に当てがいつつ位置を確定。水平ラインを保った外殻材の一文字葺きは、パネル一枚
一枚を熟練職人が貼ったという。手と技にコンピュテーショナル・スキルが組み合わされ、足
場の検討などの施工計画でも大活躍している。デジタルとアナログスキルの使い分けがうまく
機能した好例といえる。
落合陽一氏によれば、アートでは、デジタルと身体はどんどん近づくという。建築でも…?
 
昼食後に見学した今やレジェンドとなった1984年竣工の前田ホールは、三上祐三+MIDI綜合
設計研究所の設計。この設計に関わった元スタッフの大沢悟郎氏から説明を受けた。日本初の
シューボックス型の音楽ホールとして、三上氏の脂が乗り始めた50代初めの1981年から設計
が始まっている。残響時間に特徴があり、立体的で透明感のある音が聴けるとの高い評価を得
ている。今回は、大学のご厚意により弦楽四重奏とピアノ演奏で、前田ホールの音響効果を直
に体験出来た。この音を楽しみながら35年前の「柿落し」、オペラ「魔笛」の堪能した時を
思い出した。
 
3番目のアンサンブルシティとホワイトキャッスルは、竹中工務店設計部の鈴木重則氏と加来
真一氏から説明を受けた。ホワイトキャッスルは、屈曲点が異なる直線と同曲率で構成された
白のプリーツが特徴的。38本のGRC部材には巧みに隠された非常進入口が組み込まれてい
る。このプリーツには、バレエの柔らかな動きのイメージが託され、設計段階からFEM解析
の構造検討、施工や製作段階でも3Dモデルを多岐に活用したという。設計段階から意図され
ただろう曽谷朝絵さんのアートワークも好感が持てた。
 
最後のブラックホールと付属幼稚園は、日本設計の黒木正郎氏から説明を受けた。幼稚園の見
学は時間がなく中座をしたが、ブラックホールは、本格的な録音スタジオやミュージカルスタ
ジオなど特徴的な機能を持つ建築であり、興味深く見学出来た。
 
そもそも洗足学園音楽大学は、1923年に創立者の前田若尾邸の2階を私塾として開放した
のが始まりだという。100年に迫る伝統と音楽関連に特化した大学である。音楽教育にもコ
ンピュテーションとのコラボがあると想像できるが、この見学会で、音楽大とCAD・BIMが遠
くて近い存在に感じたのは(うつつ)か、(まぼろし)か。

   シルバーマウンテン・eキューブ/設計:K/O design studio+KAJIMA DESIGN/
   撮影:ナカサ&パートナーズ

   シルバーマウンテン・eキューブ/設計:K/O design studio+KAJIMA DESIGN/
   撮影:ナカサ&パートナーズ


   シルバーマウンテン・eキューブ/設計:K/O design studio+KAJIMA DESIGN/
   撮影:ナカサ&パートナーズ

   シルバーマウンテン・eキューブ/設計:K/O design studio+KAJIMA DESIGN/
   撮影:ナカサ&パートナーズ

松家 克 氏

ARX建築研究所 Gr.代表