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コラム

ツール開発における「説得」という名の無限ループ

2019.07.23

パラメトリック・ボイス       ジオメトリデザインエンジニア 石津優子

「社内で開発を始めたけど、何も進まない、個人個人好きなことばかりやっているだけで役に
立つものをつくらない」と嘆く声をよく耳にします。「役に立つ」。この言葉は、非常に危う
いものだと感じています。たまに開発とソフトウェア購入が同じかのように語られることがあ
ります。開発はソフトウェア選定とは異なります。ソフトウェアはすぐに使える段階で購入し
ます。一方開発はまだ出来上がっていないものに対して開発途中で「役に立つ」かどうかとい
う議論が起こること自体が間違っています。なぜなら開発途中のものは絶対に役に立たないも
のだからです。完成まで導くことができて初めて役立つので、開発の最初の段階で明確なディ
レクションをまず定め、そのベクトルとどれだけ近いかという話をする必要があります。明確
なディレクションは仕様書とは異なります。ビジョンや開発が与えるインパクトを共有してお
くことにあります。

また、日々の生活で知識を常にアップデートしていかないといけない手を動かしている開発者
にとっては、「面白い技術」ということが「仕事のタスク」に直結するとは限りません。特に
開発でイノベーションを起こそうとしているのだとしたら、単なる現在のタスクの自動化では
全く事足りません。まだ建設業のツールには取り入れられていない新しいフレームワークを取
り入れることで解決へ導くことを目指す必要があります。役立たないように見えるその人も、
実は好きなことをやっているように見えて、仕事に繋がると信じて一見無関係ないことをやっ
ているだけかもしれないのです。

私自身が約10年前ワシントン大学で交換留学をしている頃、Web開発の授業がありました。
受講した生徒は口々に建築に関係ないから取らなければよかったと話していました。ところ
が今やどうでしょう。Thornton Tomasetti のCORE studioによる開発にみるようにクラウド
を用いてWeb開発と建築CADやBIMが主流化しておりネット経由のデータ共有技術が一般的
になりつつあります。

「役に立つ」、つまり結果が予測できるものは、イノベーティブなものなのでしょうか。他で
誰かが既に結果を出しているものではないでしょうか。考えてほしいのです、何にしても新し
いものに対して、これは役立つということが証明できることは少ないのです。

どうしてもBIMもコンピュテーショナルも何かの「役立つもの」、誰かのための支援ツールだ
と思われがちです。ただ本当に誰かのためにやるものでしょうか。内部から湧き上がる興味を
満たし、その延長で役に立つものをつくる、それくらいのモチベーションがないと続かないと
感じています。

自分が楽しい面白いと思う技術を学び、自分の視点で仕事に繋がる、それこそがコンピュテー
ショナルの面白さではないでしょうか。タスクをこなすことを目的に生きるのではなく、誰か
から与えられた問題をその人の代わりに解くのではなく、自分たちが輝くためにBIMなりコン
ピュテーショナルなりを生業にする、そういう生き方をできるのがこの分野の一番の面白みで
あり、周りの評価や説得や、許可を求めてやること自体がナンセンスです。

「説得→わからない→説得→わからない」こんな無意味な時間を過ごすくらいなら、嫌われて
でも手を動かして結果がでるまで続ければいいのです。説得ができなければまずその時間が取
れない。それも確かにそうです。ただ、説得に自分のエネルギーを費やして、摩耗するのは止
めたほうがいいです。理解されない、わかってもらえない。そう思っていない人は、よほど恵
まれた環境にいる人以外いないのです。どの環境にいても集まって話すことはできるし、一緒
にワークショップをして所属を超えて教え合うこともできます。学ぶことの楽しみは、何事に
も変え難いです。その喜びが分かる人たち同士で、集まって学んで、時には否定する意見は遮
断する勇気も必要だと思います。

好きと楽しいを共有することは実際に手を動かしてコミュニケーションできる人たちだけです。
よくコンピュテーショナルが得意な人はコミュニケーションが苦手ということを言われること
があります。難しい言葉を使って何言っているのかわからないと。ただ、それは本当に難しい
言葉なのでしょうか。自信を持って自分にしかわからない分野や得意なものを増やしていくこ
と、それこそが希少性であり、今コラボレーションで求められていることだと強く感じます。


 説得の様子

 説得の様子

石津 優子 氏

GEL 代表取締役