先輩から学ぶデジタルデザイン
2019.08.28
パラメトリック・ボイス 広島工業大学 杉田 宗
これまでのコラムで、広島工業大学でのデジタルデザイン教育やそれに関連した活動について
書いてきましたが、杉田宗研究室の3年ゼミでは次のフェーズに向けての試験的な教育に取り
組んでいます。広工大では3年前期からの2年間を研究室で過ごします。
当初は3つのデジタルデザイン系科目では教えきれない部分を、ゼミ生を対象にこじんまりと
ワークショップをやっていましたが、ここで試されたのちに授業の中に組み込まれたものもい
くつかあります。私の中で、少なくとも杉田宗研究室の学生には習得してもらいたいと思う技
術やソフトウェアがはっきりしてきたことから、今年度は「毎週何か新しいことを学ぶ」目的
を掲げて、4月~7月までに計12回のワークショップを実施しました。1カ月を1つのフェーズ
とし、それぞれのフェーズで以下のテーマを設定しました。
・プロトタイピング
・アドバンスド・グラスホッパー
・ドキュメンテーション
・ビジュアライゼーション
Prototyping Bootcamp
デジタルデザイン系科目の2つ目である『デジタルファブリケーション』の延長として、レー
ザーカッター・3Dプリンター・NC加工機の操作を習得し、とにかくプロトタイピングに没頭
するフェーズ。4月にゼミ配属された直後ということもあり、まさに杉田宗ゼミの「ブーツ
キャンプ」として位置付けました。ここにはアナログの模型作りも含めました。以前は活発に
行われた先輩の模型作りの手伝いが下火になった今、ほとんどの学生は早く作る方法や、綺麗
に作る裏ワザをちゃんと理解せず、見様見真似で模型を作っているのが現実です。スタイロ
カッターなど、明らかにデジファブよりも効率良いアナログの技術を習得し、デジタルとアナ
ログを組み合わせて考えられるようになるのが目標です。
このフェーズの最後には「ニューブリック」という課題に取り組みました。伝統的な模様を参
考にGrasshopperで3次元の模様を考え、オリジナルのレンガをデザインしてそれを再現する
という課題です。アナログとデジファブを駆使して型をつくり、そこにコンクリートを流し込
んでレンガをつくりました。慣れないコンクリートと格闘する学生達にとっては、なんでこん
なことしてるのだろうかわからなかったかもしれませんが、思い通りには行かないことだらけ
で非常に学びが多い。とにかく作りながら考える癖をつけるために、全員が粉だらけになって
頑張りました。
Advanced Grasshopper Workshop
リアルなマテリアルと向き合うプロトタイピングから一変、二つのフェーズではより応用的なGrasshopperの技術を教えました。Galapagosは標準機能ですが、KangarooやLadybug+Honeybeeはフリーのプラグインです。数時間のワークショップで深層まで掘り下
げるのは難しいですが、RhinoやGrasshopper用に開発された膨大なプラグインを使えば、一
般的なモデリングだけでなく様々なことができることを周知させていきます。この辺のワーク
ショップは杉田宗ゼミのGHマスターこと、M1の中村瑞貴が担当してくれました。この様に、
これまでは私が知っている知識や技術を伝えていくことが3年ゼミの中心になっていましたが、
スタートから数年が経ち、何かに突出した学生が育ったことで、学生間の教え合いが出来るよ
うになったのは大きな変化です。
Documentation Workshop
3つ目のフェーズは「記録」への意識を高める内容にしました。実はこれが一番やりたかった
内容です。普段模型の写真などを撮ることの多い建築学生ですが、建築や空間を捉えた模型写
真になっている学生は少なく、「模型を作りました!」という記念写真にしかなっていない…。
学生達が作るポスターのレイアウトも同様、ちょっとした意識を高めるだけで明らかな効果が
出ることを考え、広島を拠点に活躍されるグラフィックデザイナーの中山慎介さんにお願いし
て、写真とグラフィックの基礎について指導してもらいました。また、杉田宗研究室の3年生は
毎年パビリオンプロジェクトに取り組みますが、その活動の記録を残していくメディアとして
映像を多用しています。昨年度までも映像編集については、織田泰正さんにワークショップを
お願いしていましたが、今年度からは映像撮影のワークショップも行ってもらいました。
「記録」に関しては、スマートフォンなどの性能が各段にあがったことで、誰でもクオリ
ティーの高い写真や映像が撮れる時代になりました。逆に撮影のアングルや構図への配慮が低
いことで、アウトプットの印象がとんでもなく悪くなっているケースが多くあります。それを
正していくだけで、みんなが質の高いアウトプットを残せる部分については、徹底的に学ばせ
る機会を作ります。実際に、この時期は学生たちの設計課題の提出の時期と被っており、彼ら
が頑張って作った模型がより洗練された模型写真で残されていくところを見ると、写真の撮り
方1つでもしっかりと指導することが大きな差になってくることを感じました。
Visualization Workshop
7月最後のフェーズは「ビジュアライゼーション」です。デジタルデザイン系でもFusion360
を使ったレンダリングや、Revitを使ったVRなどには触れていますが、ここではコンペの提案
書を作るうえで必要になる作図やレンダリングなどの技術に焦点を当て教えていきます。実際
には、この時期に課題提出などが重なっていた為、全てをコンプリートすることができません
でしたが、学生達が自主的にLumionやTwinmotionを使ってレンダリングなどを勉強していま
した。ここまでやってきたワークショップで、新しいことに取り組んでみる時のハードルは随
分下げられたのではないかと感じています。
なかなかの詰め込み具合でしたが、このくらい充実することで見えてくるものもあるのではな
いかと考えています。その1つに「教え合い文化の再形成」があります。冒頭にもありました
が、建築教育の中で非常に重要な意味をもっていたのが先輩の模型作りの手伝いではないで
しょうか。先輩の模型作りの手伝いをきっかけに、模型作りの技を学び、まだ知らない建築家
について知り、フォトショやイラレの使い方まで教えてもらう。建築教育の中で、この文化は
非常に重要な部分であり、(なぜそれがちゃんとカリキュラムに組み込まれていないのか?とい
う批判はあるにせよ)授業を通してでは教えきれない技術的な部分を補完する役割があったの
ではないかと推測します。大学内での学生間の繋がり、特に上下間の関係が希薄になっていく
ことで、そこでの学びがぽっかり抜け落ちてしまう危険性があります。そういったところをど
こで学べばよいのか?一般的にデジタルデザインに関する部分は、まさにここに含まれている
のが今の状況ではないかと考えています。
そこで「教え合いの文化を再形成」する必要性が高まっていると思います。そのきっかけは、
以前の様に模型作りでも良いかもしれませんが、我々のワークショップで取り上げた様な内容
でも良いのではないかと思っています。ワークショップの講師となっている先輩がテーマ毎に
違うように、その技術やソフトウェアに長けた先輩が何人かいることで、より多様な教え合い
が出来ます。それは同時に、だれでも教える立場になるチャンスがあることでもあり、教える
立場となる先輩にとっても重要な学びの機会になると思います。
そういったきっかけの先に、もっと学生の間で建築や自分たちの将来について話ができる仲間
が出来ることは、ネット社会が進む中で大学に残る価値のような気がしています。