デザインと解析の融合とデータベース連携が
実現する統合設計<大林組>
2019.09.09
環境への配慮をはじめとして、建設事業や社会のニーズに応える研究開発を行うために開設さ
れた大林組の技術研究所。
ここで現在コンピュテーショナルデザインに関連した研究開発として取り組んでいるのが、建
築物の設計における意匠と構造、環境、設備、地盤の分野を横断して行う「統合設計」だ。ソ
フトウェアクレイドルが提供する熱流体シミュレーションソフトウェア「STREAM」に、意匠
設計などで作成されたCADデータを連携し、デザインと解析を融合する試みはどのようにされ
ているのか。
同社技術研究所都市環境技術研究部で、このプロジェクトに取り組む上田博嗣氏に話を伺った。
意匠と構造、環境、設備、地盤の分野をまたぐ統合設計
大林組の技術研究所では1965年に開設して以来、ハードとソフトの両面で、建設業界や社会の
変化やニーズに応じた研究開発を続けている。近年のCAD技術の進化やBIMの普及、また解析
の長足の進歩に応じて同社技術研究所の上田博嗣氏が取り組んでいるのが、「統合設計」と呼
ぶものである。
上田氏は「CADでは設計を自動化する技術が進んできています。また解析関連でもAPI(Application Programming Interface)を用いるなどでプログラムを書いてソフトを自
動化する技術が進歩してきており、設計の高度化や最適化、さらには機械学習やAIの活用に向
けた取り組みが行われるようになってきました。これまでは意匠設計者からCADデータを預か
り、シミュレーションソフトにそのままCADデータを取り込んで解析をしており、設定の変更
は材料の仕様や物性を割り当てる程度に留まっていました。それが設計においてもコンピュ
テーショナルデザインやパラメトリックデザインの手法を取り入れれば、形状についても一つ
のパラメータとして扱うことが可能で、デザインと解析の融合が実現できます」と背景を説明
する。
「設計(BIM)では形状や仕様に関する情報群を扱い、解析では建築のほか構造や環境、設備、
地盤といった物理量の情報群を扱います。それらを変数として統合するのがパラメトリックデ
ザインで、最適化アルゴリズムを使えば法規制や施工上の納まりなど、現実的な制約条件の中
で最良な答えを導き出せるようになります。さらにそのデータを貯めていけば、AIに学習させ
て答えを即座に出せるようにもできるでしょう」と上田氏は統合設計の狙いを語る。
この統合設計に向けて上田氏が活用するソフトが、熱流体シミュレーションのSTREAMと、3D
モデリングツールRhinocerosのプラグインGrasshopperである。グラフィカル・アルゴリズム・
エディタを介して、パラメトリックに自由曲面を含む3次元形状を扱える
Rhinoceros+Grasshopperを媒体とし、BIMソフトや3DモデラーとSTREAMを連携させる仕組
みを構築した。Grasshopperでは構造解析のプラグイン、熱負荷や光環境などを高精度に評価
できる環境解析プラグインを用いるほか、STREAMとはAPIを利用して連携する。さらに気象
庁のデータベースや(公社)空気調和・衛生工学会の空調機器に関するCFDパーツのデータ
ベース、地図データベースなどさまざまなデータベースとつなげることで、作業時間の大幅な
短縮と使い勝手の向上を図っている。
大林組では、早くも1986年にSTREAMを導入。上田氏は技術研究所に配属された2014年からSTREAMの使用を開始した。「CFDというと敷居が高く感じていましたが、実際にSTREAMに
触れると、まるでゲームのような感覚で扱えることに驚きました」と振り返る。そこにRhinoceros+Grasshopperを本格的に取り入れたのは、2017年頃という。「意匠設計では以
前からRhinocerosで複雑な形状を扱っていることに加えて、高度な幾何計算機能も簡単に扱え
ることから、私のチームでもGrasshopperを用いた連携強化により、多分野の知見を組み合わ
せる検討を具体的に始めました」と語る。
こうして連携したシミュレーションを経て出た結果は、環境面だけでなく構造など多岐にわた
る条件をクリアしているものとなる。「Grasshopperでデザインスタディを行い、最終的に決
まったラフ形状をもとに、RevitやARCHICADのBIMモデルに変換して、詳細なモデルをつくり
込んでいくことができます」と上田氏は利点を説明する。
GrasshopperとSTREAMの相性は抜群
STREAMとGrasshopperの連携を図るメリットの1つは、Rhinoceros+Grasshopperのパラメ
トリックな形状操作(自動化)機能と高度な幾何情報を扱う機能をCFD解析に取り込める点で
す。「曲面ファサードなどの形状を扱うことはもちろん、外観・室内形状も含めてすべてパラ
メトリックに表現できます。どんなに難しい形状であってもモデル作成が可能です。意匠設計
者のユーザーも多いので、コラボレーションもしやすくなります」と上田氏。
Grasshopperで不足する機能についても、コーディングによる機能拡張が可能で、自由度が高
い。「サードパーティによるライセンスフリーのプラグインも豊富に揃っています。ただし、
CFDのプラグインは実務で使えるものは世界的にも発展途上で、実務で長年使われている
STREAMと連携させることが必須でした」と上田氏は35年以上の長い歴史を持ち信頼性が高く、アップデートを長年続けてきたSTREAMと連携することの利点を説明する。
STREAMは、構造格子による高速メッシュ作成が大きな特徴である。「一瞬でメッシュが切れ、
干渉する部分のエラーを内部で処理するような対策が豊富にあるため、モデルが不十分であっ
ても計算を行ってくれます。また、建築CADのサーフェスモデラーの形状をそのままCFDのソ
リッドモデラーに持っていってもうまく形状を読み込めないことがありますが、その壁を
STREAMでは軽々と乗り越えてくれ、どのような形状にも対応できます」と上田氏は語る。
また、STREAMにはAPIが備わっていることも、上田氏は利点として挙げる。言語もVisual
Basicを利用できるため扱い易く、さまざまな解析機能を自動化するためのベースが備わってい
る。「そして、STREAMでは建築向けの機能が充実しています。機械系向けにつくられている
流体ソフトは精度が高くても、建築で使うような熱中症指標や温冷感の指標のPMV、日射解析、
空気の質を評価する空気齢、外部の植栽の抵抗を考慮した屋外の風環境評価、空調や照明など
の機能は自分でつくり込まないと実行できません。STREAMでは標準機能として備わり、すぐ
に使えるので実務に適用できます。加えて何より、並列化への対応は欠かせません。環境のシ
ミュレーションは時間がかかることが多いのですが、並列に演算することで解析時間が短縮さ
れます。現在は、クラウドを活用することでさらに時間の短縮を図ることも検討しています」。
データベース連携で解析の質と効率を向上
実際の操作は、GrasshopperからSTREAMの「Pre」画面に対応した設定を行う。形状の自動
連携、解析条件や境界条件について、GrasshopperとSTREAMとで自動連携をさせていくこと
になる。オフィスの基準階での室内モデルの例を挙げると、窓や外壁や内壁にはそれぞれの物
性があり、さらに吹出口などが加わる。物性やメッシュの条件などをコンポーネントにしてあ
らかじめ登録しておくことで、ひとたび形状とリンクさせれば、形状が変わっても入力が自動
的にされる仕組みである。「定常か非定常か、解析精度や解析項目などをプルダウン形式で選
びます。それ以外にもオプションで細かい設定変更ができるようにし、約100種類のコンポー
ネントを用意して、様々な機能を活用できるようにしました。これらは全て使用する必要はな
く、簡単な解析であれば、約5種類のコンポーネントで解析できるように簡易化の工夫をしてい
ます」と上田氏。
また「適切な境界条件を効率よく入力するためには、データベースとうまく連携するのが鍵」
と上田氏はいう。「気象庁の公開データをデータベースとして捉え、地域のデータをダウン
ロードしてEPW(EnergyPlus Weather Data)形式に変換します。また風環境で用いる風向
発生頻度などに関する情報も同じように連携できるようになります。これらのデータを自動的
に解析の境界条件として入力できる仕組みを作成しました」。この仕組みにより、以前はデー
タを揃えて変換するだけで1〜2時間かかっていたものが、1~2分ほどで完了するという。地
図データも同様にゼンリンの3D地図データのほか、OpenStreetMapという公開データで、任
意の場所について主要な建物の高さなどを設定して活用できる。そして、建材についても、建
築材熱物性データベースとの連携で標準的な構成の物性をデフォルトで用意することができ、
手間が大幅に省略される。「基本的にはすべて、形状登録、物性登録、メッシュ条件の設定と
いうセットをコンポーネントとしています。複雑になればなるほど、効果は大きくなります」
と上田氏はいう。BIMモデルで課題となる過度な詳細データに対しては、解析対象の形状を簡
易化し、不要なメッシュを省くことで対応。例えば、外壁でマリオンがつく複雑なカーテン
ウォールは「面」とみなしたうえで、等価な物性を解析条件に与えることができる。
統合設計は都市モデルのような大きなスケールでも適用でき、16風向分の条件設定を自動化す
るなど、STREAMの効果を発揮する場面が想定される。さらに解析結果をRhinoceros+Grasshopperにマッピングすることができ、今までにないCAD機能を活用したプ
レゼンが可能となる。大林組が実際のプロジェクトで適用するのはこれからとなるが、「実務
レベルで運用できる段階に入っています。この1~2年で、オールパラメトリックに物件を扱え
るでしょう」と上田氏は期待を込める。大林組の研究開発からみるSTREAMと3Dモデラーとの
自動連携は、広い分野にわたる設計者の業務が劇的に向上すると同時に、どのフェーズでも最
適化が保証されながら自由度の高い発想が促される未来を強く示してくれている。
「STREAM®」の詳しい情報は、こちらのWebサイトで。