Magazine(マガジン)

ユーザー事例紹介

日米の図面スタイルを比較&融合したBIMへの
取り組み~前編<岡由雨子建築ディザイン>

2020.02.05

横浜市中区にオフィスを置く岡由雨子建築ディザインは、建築家・岡由雨子氏が主宰する一級
建築士事務所である。フランス生まれの岡氏はパリで室内建築を学び、同地の室内建築士評議
会の認定を受けて帰国。日本では磯崎新アトリエに5年余り勤務して2009年に独立した。
2017年末、岡氏はある集合住宅プロジェクトを任されたことを機に、ARCHICADの導入と
BIMの活用に着手。アメリカで活動していた建築家・三戸景氏の協力も得て、BIMを活かした
自社の新たな設計&作図スタンダードの開発を進めている。BIMとARCHICADに最適化された
そのユニークな取り組みについて、岡氏と三戸氏にお話を伺った。

長い時間にわたって使われ、愛される建物を
横浜市中区の馬車道。江戸末期に横浜港の開港に伴い1868年に関内と横浜港を結ぶ道の一つ
として開通したこの通りには、いまも煉瓦の舗装やガス灯による街路灯など往時の雰囲気が色
濃く残り、数々の歴史的建築物が建ち並んでいる。その一つ、「馬車道大津ビル」は横浜市認
定の歴史的建造物。ニューヨークのアールデコ建築を彷彿させる築80年余のこの建物の地下
一階に、岡由雨子建築ディザインのオフィスが置かれている。
「実はとても個人的なことなのですが、私はこの建物に恋をしたんですよ」。そういって岡氏
は笑う。「古いものに魅かれるのでしょうね。この建物もかなり古いですが、オーナーがとて
も奇麗に保ってくださっていて。長い時を越えて多くの人が愛情を注ぎ、守ってきた、とそん
な風に感じさせてくれる空間だったのです」。そして、それはそのまま、岡氏が創りたいと考
えている建築のあり方も示している。

            岡由雨子建築ディザイン株式会社
            代表取締役 岡 由雨子 氏

            岡由雨子建築ディザイン株式会社
            代表取締役 岡 由雨子 氏


「私も多くの皆さんが長い時間にわたって使ってくださる建物、多くの方に愛されるような建
物づくりに携わっていきたいのです。現在はいろいろな御縁もあって集合住宅を数多く手がけ
ていますが、公共性のある建築にも目を向けています」。そして、だからこそ日本の建築業界
でBIMの普及が始まると、岡氏は躊躇なくその導入に踏みきった。岡氏自身は学生時代から手
描きと合わせて2D CADも学んだ世代。建築家として当初からCADを使ってきたが、多くの先
輩たちのCADに対するさまざまな取り組みスタンスを見てきたことが、BIM導入の決断を後押
ししたという。
「自分が生きている時代の新しい技術は自ら率先してこれを学び、取り入れていこうと思った
のです」。こうして、岡氏は2017年からBIMの導入検討を開始した。
「BIMツールに関する情報を仲間たちと交換しながら最終的に選んだのがGRAPHISOFTの
ARCHICADでした。普段使ている画像/イラスト編集ソフトにUIが近く初めて触れるBIM
として動作がシンプルで、かつ初動時に使いやすい図面テンプレートが整備されていることが
決め手となりました」。

 「函館プロジェクト」の3D断面

 「函館プロジェクト」の3D断面


「やるしかない!」状況を作り出すために
「とにかく始めたばかりの個人事務所だったので、何でも自分でやらなければなりません。
ところが、私はもともとパース作りが得意ではなかったので、コストと時間をかけて外注する
しかありませんでした」。
そうなると、まず図面を作てほかのソフトで3D化し、さらにパースを作り……と作業を分割
して進める必要があるが、この進め方そのものが、岡氏には非効率で改革すべきものと思えた
という。
「だからできるだけ早くBIMを導入し、これらの作業を3次元でトータルに進めて、図面や
パースも一気に生成するなど効率的に進められるようにしたかったのです」。岡氏にとってこ
のことは、単なる効率化というだけの問題ではなかった。その背景には、自らの事務所経営に
関わる岡氏ならではの方法論があった。
「個人の仕事もそうですが、事務所としてやっていく以上は、“事務所としての仕事の仕方”を
きちんと練りあげて、これをテンプレート化して蓄積していくべきと考えていました。そうす
ることで、個人が持っているスキルを事務所全体のスキルへと拡大していけるからです」。
そして、そのためにカギとなるのがBIMだった。BIMによる設計手法を確立しテンプレート化
して、これを「事務所のスキル」へ育てていこうというのである。

   「函館プロジェクト」平面詳細図

   「函館プロジェクト」平面詳細図


こうしてARCHICADの導入を決めた岡氏だったが、事はなかなか思いどおりには進まない。
実際にARCHICADが届くと仕事に追われて触ることもできないまま一ヵ月も放置することに
なってしまったのである。そんな状況に風穴を開けたのが、依頼を受けたばかりの新プロジェ
クトだった。それは北海道函館市で計画されていた新たな集合住宅の建築計画で、その受注を
機に岡氏は思いきった決断を行う。まだ使いこなせていなかったARCHICADをメインツールに、
この新しいプロジェクトをBIM設計で行うと決めたのである。
「もちろん、BIMでやることを施主から要望されたわけではありません。とにかく自分を追い
つめて“やるしかない”状態にしなければ、と思ったんですね。空いた時間にやろうとか、片手
間でやろうとしても結局は身に付かないわけで。新規プロジェクトにあえて慣れない
ARCHICADを投入し、背水の陣で取り組んだのです」。

BIM先進国からやってきた助っ人
岡氏が「函館プロジェクト」と呼ぶその新規案件は、函館市の中心地からすぐの住宅地内の賃
貸マンションの建築計画だった。近隣の区画にはすでに同ブランドのマンションが3棟ほど完
成しており、岡氏が任されたのは、このデザイナーズマンションのシリーズとして4棟目とな
る最新物件だった。
「函館市は総合病院が多い土地なので、そこへ赴任される医師の方やその家族の住居として企
画されたマンションで、地上4階建てのRC建築に3LDKのみ30戸を用意。さらにスポーツジム
も備えた、延床面積約5,000㎡の建物を構想しました。そして、お施主様からは“経済設計”を
求められていたので、なるべくコストのかからない方法を、とさまざまな形で模索していきま
した」。

            MITO architecture + design
            代表・建築家 三戸 景 氏

            MITO architecture + design
            代表・建築家 三戸 景 氏


ところが、図面制作に着手後、プロジェクトの進行は早くも滞りはじめる。
「とにかく背水の陣で取り組んだのですが、やはりARCHICADの操作で躓いてしまいました。
3Dモデルを立ち上げるあたりまでは何とかクリアできたのですがそれを図面化しようとする
と、どうしても思うようにできなくて」。長年、2D CADで設計を行ってきた岡氏の中では
「2D図面はこうあるべき」というルールができ上がっており、前述のBIMによる図面作成の方
向性も当初からかなり細かい所まで見えていたという。だが、そのことが逆に岡氏の足かせと
なった。その方向性に沿って「事務所スタンダード」の図面を作ろうとすると、さまざまな要
素が絡み合い作業を立ち往生させてしまうのである。

           凡例

           凡例


「基本設計も進んでいたのに、どうやったら良いか分らなくなってしまって……正直すごく焦
りましたね。そして切羽詰まってグラフソフトの方に“BIMで実施図まで作れる人を紹介し
てください”とお願いしました。そして、紹介していただいたのが、ニューヨークで建築家とし
て活躍し、BIMにも詳しい三戸景さんだったのです」。
フランス生まれの岡氏とニューヨークから帰国したばかりの三戸氏という二人の稀な出会いが、
両氏にとって大きなブレイクスルーのきっかけとなる。この日も岡氏のオフィスで作業してお
られた三戸氏に、まずそのユニークなキャリアから紹介してもらった。
「私の場合、まず日米両国で建築学の修士号を取得した後、そのままニューヨークで就職。
20数年にわたってSOMやPolshek Architects(現 Ennead Architects)など多くの建築設計事
務所を渡り歩いてきました。あちらではそういうパターンが多いんですよ。そして2010年に
独立し多くのプロジェクトを手がけたあと、2017年に帰国しました。岡さんに声をかけられた
のは、その帰国後すぐでしたが、そのまま函館プロジェクトの仕事をお手伝いすることになっ
たのです」。

 外壁断面図

 外壁断面図


BIM先進国であるアメリカの建築業界で長年活動してきた三戸氏はBIM設計に関しても本場
で学んだ豊富な知識と実務経験に基づいた多彩なノウハウを蓄積している。むろんBIMツール
についても一家言を持っている。
「実際、向こうではBIMを普通に使っていました。最後の職場でも他社製BIMソフトを使てい
たし、ほかにもいろいろ3Dツールを使う機会がありましたね。ただ、有名なソフトでもなかな
か使いやすいと思える製品がなくて独立時にあらためて自分に合たBIMソフトを選び直すこ
とにしたのです」。
そこで三戸氏は改めてリサーチを行い最終的に選んだのがARCHICADだた。
「一番の選定ポイントは直感的な操作性ですね。やはり感覚的にデザインしながら建築設計し
ていけるところがすごくピタリ来るし使いやすいですよね」。こうして導入したARCHICAD
を駆使し、ニューヨークでさまざまな建築やインテリアのプロジェクトに携わった三戸氏は、
帰国後も通常の設計業務や他プロジェクト支援を行っているほか、ARCHICADによるBIM導入
サポートや専門学校でBIM設計の講師も務めているという。
ともあれ、こうして始まった両氏のBIM設計コラボは、やがて誰も想像しなかったユニークな
発見へと繋がっていった。

上記事例の続きは、日米の図面スタイルを比較&融合したBIMへの取り組み~後編で。