Breath/ng(1) 3Dのやわらかさ
2020.05.14
パラメトリック・ボイス 隈研吾建築都市設計事務所 松長知宏
通常建築3Dで扱うモノは固いものばかりです。
コンクリートは固まってしまえば動きませんし、鉄や石、木材も同じく決まった寸法があるか
らこそモデリングできます。
一方、カーテンやソファといった布のような柔らかなものをモデリングする場合は、物理的な
シミュレーションを行い、その振る舞いを再現しなければなりません。
形状を簡単に変えられる素材だからこそ、モデリング上の難しさがあります。
今回は、そんな3D的には「やや扱いにくい」布が主役となった、「Breath/ng」というインス
タレーションをご紹介します。
「Breath/ng」は縦横およそ10m、高さ7mの大きならせん状の作品です。
仏Dassault Systèmes社の依頼を受け、2年前のミラノデザインウィークに出展されました。
会場となったSuperstudioはミラノ中心部から少し離れたトルトーナ地区という、かつては倉
庫街だったエリアにあります。
倉庫という薄暗い環境を生かした展示(プロジェクションマッピング的な)が多い中、我々が
担当することになった区画はトップライトが印象的な光にあふれた白い空間でした。
展示のテーマは、「デザインとテクノロジーで環境問題を解決する」というものでした。
特に会場があるミラノは大気汚染が深刻な問題となっています。
そこで素材として指定されたのが、「Breath」と呼ばれる空気を浄化する機能をもった布です。
「Breath」は布というよりは、ゴワゴワした厚みのあるフィルターといった方がわかりやすい
かもしれません。
とはいえ、自立するほどの強度もなく、形を維持するにはフレームが必要になります。
この「やや扱いにくい」素材を幾何学的にコントロールするために使ったのが、プリーツとい
う手法です。
折り紙のように折ることで、構造的な強度を与えると同時に折り目というフレームが布にリズ
ム、規則を与えます。
折り幅、角度といったパラメータを使って布の形状を定義することができるのです。
また、プリーツが生み出す襞は表面積を増やし、フィルターとしての効果を最大化する意味で
も理にかなっていました。
ひたすら手元で折り紙を折り、モニタにある3Dと見比べながら、どのように形状を定義すべき
か検討をかさねました。
当初は柱状に近かったらせんも、スタディが進むにつれてより動きがあるものに変化し、隈の
「踊っているような」という言葉に導かれるように、どんどん複雑さを増していきました。
しかし、その複雑さは、言い換えればプリーツ形状自体をパラメトリックに定義できていたか
らこそ獲得できた自由度とも言えるでしょう。
がちがちの固まった形状だけを再現するのではなく、布のように環境に応じて自由に形を変え
ることができる3Dモデル。
単に物理シミュレーションをして得られた結果なのではなく、これから起こりうる変化を許容
できるフレキシブルな3Dモデル。
そこには3Dの「やわらかさ」というものがあるように思います。
インスタレーション作品とはいえ、しっかりとした3Dモデリングができるとよいことがたくさ
んあります。
このプロジェクトで活用したのはVRと3Dプリンタです。
VRは隈との打ち合わせでも活用し、短い時間での意思決定に役立ちました。
3Dプリンタについては模型だけでなく、実際の作品でも部品として導入し、活用というよりは
まさになくてはならない技術として取り入れました。
次回も続きになりますが、もう少し「Breath/ng」についてご紹介したいと思います。