アート思考&ユニコーン企業
2021.07.08
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
このコロナ禍にも関わらず、否、コロナ禍だからこそウイズコロナでの大変革を見据え、
AERAやPen、東洋経済などの情報誌や産業系・一般紙の新聞等でアート特集が度々繰り返さ
れているのだろう。
東洋経済誌の2月20日号では、美大生の進路に異変、とのタイトルで「アート思考」に企業が
注目との記事があった。併せ、「アートビジネス」「アートとお金」とのキャプションもある。
AERAは、STEAM教育(知恵蔵によれば、「STEAM」とは、サイエンス(Science/科学)、
テクノロジー(Technology/技術)、エンジニアリング(Engineering/工学)、アート(Art/芸術)、
マセマティックス(Mathematics/数学)の頭文字を取った造語。児童生徒が数学・科学の基礎を
身につけた上で、技術や工学を応用して、問題に取り組む「STEM(ステム)」にアートの感覚、
具体的にはデザインの原則を用いたり、想像力に富み、創造的な手法を活用したりすることに
よる問題解決を奨励すること。このために必要な能力を統合的に学習することが「STEAM教
育」である。)の内容と呼応させ、日常にある「アート思考」に触れている。日経産業新聞で
は、長谷川一英氏による「アート思考入門」の連載がこの6月2日から始まり、毎日、楽しみに
目を通している。ビジネスや産業系新聞ではアート関連の記事は珍しく、興味を引く。
思考法や発想法、ものづくりの手法には多くのものがあるが、文化人類学者の川喜田二郎氏が
考案した発想法「KJ法」と社会心理学のチャールズ・ケプナー氏と社会学者のベンジャミン・
トリゴー氏の両氏によって生み出された問題解決と意思決定の思考プロセスを体系化した
「KT法」が知られている。これらとは異なる視点を持つのが「アート思考」と言えるのではな
いか。右脳系のフル回転であり、独創的な閃きにもつながる思考とも言える。KT法は、
HONDA青山本社設計時の構想・企画設計に応用され、小生も片鱗ではあるが取り組んだ。当時
のホンダは車の開発時の手法に取り入れ成果を上げていた。
前述の日経産業新聞の連載の記事によると、ジョン・マエダ氏の「デザイン・イン・テック・
リポート2016」では、ユニコーン企業に芸術・美術・デザイン系出身の共同創業者の割合が
約160社のうちの21%も占めるという。“ユーチューブ”“ゴープロ”“ダイソン”“エアビーアンド
ビー”“ピンタレスト”“Yコンビネータ”など錚錚たる企業のトップ名が挙げられている。
片や「里山十帖」のオーナーであり、情報誌「自遊人」の編集長でもある岩佐十良氏の旅館コン
セプト再構築も取り上げられている。因みに岩佐氏は、美大の卒業生でもあり小生の後輩でも
あるが、美大生が持つアート思考力や課題解決力で旅館経営や農業、地方都市再生や地域活性
化など多方面に亘る活躍をされ実績を積まれている。「里山十帖」は、NHKの「プロフェッショ
ナル 仕事の流儀」で開業までの様子が放映もされた。
記事によると日本のベンチャーやスタートアップ、大企業でアート思考を取り入れる企業が増え、
アートとイノベーションの関連性も深いという。元東京芸術大学大学美術館館長の秋元雄史氏
は「ものづくりとはアートそのものだ。評価を自分で作り、カテゴリーの領域を広げていく」
と述べられている。
この四月、文化庁長官にJASRAC元会長であり作曲家の都倉俊一氏が就任された。異例な人事
だという。前任の宮田亮平氏(元東京芸術大学学長)が、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ
2019」への補助金を一時全額不交付として論議を呼んだ記憶は新しい。
ウィキペディアによれば、「文化庁とは、文部科学省設置法に示された任務を達成するため、
芸術創作活動の振興、文化財の保護、著作権等の保護、国語の改善・普及、国際文化交流の振
興、宗教に関する事務などを所掌する。文化庁長官を長とし、内部部局として9課および参事官
を置くほか、審議会として文化審議会および宗教法人審議会を、特別の機関として日本芸術院
を置く。」とある。
アートや文化が、イノベーションやビジネス、ものづくりへの寄与などの文言は何もない。芸
術・文化がビジネスには関連が無いと考えているのだろうか。検索を続けてみると文化庁のコ
ロナ対策の案内が見つかった。ここにイノベーションの文言があるが、内容は内向きの視点と
言える。“新型コロナウイルスにより、文化芸術活動の自粛を余儀なくされた文化芸術関係 団
体において、感染対策を十分に実施した上で、積極的に公演等を開催し、文化 芸術振興の幅広
い担い手を巻き込みつつ、「新たな日常」ウィズコロナ時代における新しい文化芸術活動のイ
ノベーションを図るとともに、活動の持続可能性の 強化に資する取組を支援する。(令和2年
度第3次補正予算額 250億円)”とある。
残念ながら“デジタル化”“ものづくり”への参加等の視点は希薄と言え、意識も感じない。官民が
推進するソサエティー5.0でもアート思考等に関連する文言は希薄であり、実経済や実社会活動
は、行政が対応するずっと前を進んでいるようである。今を写す情報誌や新聞等の特集などは、
それを物語っているのではないか。
建築界では、松村秀一氏を委員長に建築BIM推進会議が継続して活動されているが、コロナ禍
で顕著になったデジタル化で後れを取っている日本として、アート思考での社会参加や推進と
共に、出来うる限りの迅速さでの展開を期待している。