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コラム

クリエイティブメンテナンス

2021.07.27

ArchiFuture's Eye                  広島工業大学 杉田 宗

広島工業大学の建築デザイン学科には「杉田」が2人いる。よく驚かれるのだが、我々は実の
兄弟であり、兄弟が同じ学科で教員をしている大学は広工大を除いて皆無だろう。
 

 2人の杉田。大きい方が兄で小さい方が弟

 2人の杉田。大きい方が兄で小さい方が弟


兄の専門分野は「建築保全」、私は「コンピュテーショナルデザイン・デジタルファブリケー
ション」を専門としており2人のフィールドは異なるが、我々の興味の交わるところに建物の
メンテナンスがある。今回は現在我々が進めている研究を含め、建築のメンテナンスの未来像
について考える。
 
はじめにメンテナンスに関する基礎的な情報を整理しておこう。建築が建てられて解体される
までにかかる費用のことをライフサイクルコスト(以下LCC)と呼ぶが、これは「建設コスト」
「運用コスト」「保全コスト」「解体処分コスト」の4つの項目で構成されている。平成31年
版の「建築物のライフサイクルコスト(建築保全センター発行)」によれば、中規模事務庁舎
の建設コストは、65年間で試算したLCCの26%であり、全体の約1/4に過ぎない。光熱費など
が大半を占める「運用コスト」にいたってはわずか9%であり、全体の1割にも満たない建設
費や省エネなど、日ごろ私たちが気にしている部分が実はLCC全体の中では限られた部分であ
ることを知っておきたい。
 
一般的にメンテナンスと言われるものは「保全コスト」に関わる部分で、これは大きく「維持
管理コスト」と「修繕等コスト」の2種類に分けられる前者は設備の点検や保守清掃とい
た日々のメンテナンスコストを指し、後者は修繕や更新といった工事費を指す。驚くべきこと
は「維持管理コスト」がLCCの29%で、建設費を超えている点である。建物の長い寿命を考え
ると、実は日々のメンテナンスに膨大な費用がかかっているのだ。「点検・保守」「運転・監
視」「清掃」は労働集約型ビジネスであり、積算ベースはほぼ人件費である。また近年の人手
不足により人件費の高騰が続き、人口減を迎えた日本において今後人件費の減額は見込めない
状態にある。加えて、これらの業務の従事者の高齢化も進んでいる。建物は建ったけれどそれ
を維持していくことが難しくなる時代が目前に迫っており、日々の設備点検や保守の機械化や
自動化、清掃ロボットの開発など、様々な企業がこの分野に参入している。
 
目の上のたんこぶのようなメンテナンスであるが、我々はネガティブなイメージのメンテナン
スをポジティブに捉え直すためのアイデアで、社会全体が持つメンテナンスの意識を変えてい
く段階に来ていると考えている。「セコハン」や「中古」というネガティブなイメージを払拭
させた「クリエイティブリユース」に倣って、我々が考える次世代のメンテナンスを『クリエ
イティブメンテナンス』と呼ぶことにした。
 

 クリエイティブメンテナンスを構成する3つのテーマ

 クリエイティブメンテナンスを構成する3つのテーマ


より具体的に『クリエイティブメンテナンス』を研究・実践していくために「デジタルメンテ
ナンス」「メンテナンス指向デザイン」「シェアリングメンテナンス」の3つのテーマを立て
た。デジタルメンテナンスは人手不足や高齢化が進む維持管理業務に積極的に情報技術を導入
し、新しい維持管理方法を検証していく領域である。また、メンテナンス指向デザインはデジ
タルメンテナンスを含め、新たなメンテナンスに主眼を置いたデザインについて考える領域と
して位置付けた。最後の「シェアリングメンテナンス」はメンテナンスに関わるプレーヤーを
見直し、より持続可能性の高いメンテナンスを行うためのコミュニティや社会システムに焦点
を当てる。
 
デジタルメンテナンスの具体的な例を挙げると「ロボットとBIMの連携による清掃システムに
関する研究」がある。これは今後活用が広がる清掃ロボットをBIMの情報を使って運用する試
みである。通常、清掃ロボットは清掃ルートをロボットに教えるティーチングにより動作を設
定し、その動作を繰り返す仕組みになっている。LiDARなどのセンサーを用いて自立走行しな
がら空間のマッピングを行う方式のものもあるが、細かな設定には専門のエンジニアが必要な
場合が多い。そういった空間認識の部分をBIMの情報で補うことが出来ると考えている。加え
てBIMに含まれる床の材料情報など清掃に活かせる情報を的確にロボットに伝えることで、こ
れまで以上に効果的な清掃が可能になると考えている。
 

 BIMの情報を用いて清掃ロボットを動かす実験の様子

 BIMの情報を用いて清掃ロボットを動かす実験の様子


また、単に清掃させるだけではなくロボットにセンサーを取り付けることで清掃するたびに建
物や空間のリアルな情報を収集する試みも行っている。ロボットに限らず、清掃は日々のルー
ティーンとして、定期的かつ同時間帯に行われることであり、その空間に起きている変化を捉
えるには絶好の機会である。ここで得られた情報を蓄積していきそれ以降の清掃業務に活かす
だけでなく、建築の領域以外でも活かせる多様な情報を集めることを目指している。2018年
にはこのようなデジタルメンテナンスの研究を行うプラットフォームとして、広島工業大学の
建築・情報・機械・衛生管理の研究者による「建築保全業務ロボット研究センター」を立ち上
げた。現在は建物内で稼働するロボットの位置情報を把握するためのシステムの研究、維持管
理作業の標準化に関する研究、業務用掃除ロボットによる衛生管理に関する研究などを進めて
いる。
 

 ロボットとBIMの連携による清掃システムに関する研究の概要

 ロボットとBIMの連携による清掃システムに関する研究の概要


デジタルメンテナンスの技術やそこから得られる情報は設計や建設にもフィードバックされ、
構造や環境と並ぶ形でメンテナンスが考慮されるデザインも出てくるであろう。「メンテナン
スしやすい」だけでなく、「メンテナンスが楽しい」デザインや、メンテナンスを通して副産
物が生まれるデザインもあるかもしれない。ロンドンに設置された吸い殻入れはその好例だろ
う。この吸い殻入れには「誰が世界一のサッカープレーヤか? ロナルド or メッシ」と書かれ
て、それぞれの名前の下に小さな穴が開いている。ポイ捨てされるかもしれなかった吸い殻が
溜まっていき、どちらがより人気があるかが伝えられる投票箱としても機能している。このよ
うにデザインが人の行動を誘発し、人が建築を使い続ける限り建物が維持されていく仕組みを
考えることがメンテナンス指向デザインの位置づけである。

 ロンドンに設置された吸い殻入れ
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のHUBBUBのWebサイトへ
  リンクします。

 ロンドンに設置された吸い殻入れ
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のHUBBUBのWebサイトへ
  リンクします。


また、メンテナンスに関わるプレーヤーも変化していく必要がある。これまでの専門家による
メンテナンスだけでなくある程度の技術やスキルを持たスタフがUberのように街中を移
動しながら簡易的な点検や保守業務をこなすモデルも考えられるだろう。これを杉田洋は、
「レスポンスビルメンテナンス」と呼び研究を進めている。
 
 RESPONSEビルメンテナンスは、事前に計画できない“動的メンテナンス”であり想定され
 る業務は「駆けつけ業務」「提案業務」「日常巡視、軽微な修理・修繕、修理コスト管理代
 行」等の業務が考えられこの業務分類内容用語定義等は実績デタから分析中です
 (杉田洋/Re No.208)。
 
またはメンテナンス自体がコミュニティ形成の媒体となることも考えられる。究極的なモデル
は茅葺き屋根の葺き替えである。昔は村人の相互扶助によって茅葺き屋根の葺き替えが行われ
てきた「今年は○○さんの葺き替えを手伝って来年はいよいよ我が家か」といったように、
葺き替えの作業は村人総出で行われ、労働の貸借で建物が維持されると同時に村のコミュニ
ティ形成に大きく関わっていたと言える安藤邦廣氏の「茅葺きの民俗学:生活技術としての
民家」には、当時どのような形で葺き替えが行われていたかが細かくまとめられている。
 
 このように職人の技術は借りるものの家をつくる主体は村人にあるわけで、村の家々を村
 人自身がつくていくなかで先人の生活の知恵が受け継がれ更に改良を積み重ねることが
 でき、自らの生活にふさわしいすまいを作りあげることができたのである(安藤邦廣/茅葺
 きの民俗学:生活技術としての民家)。
 
このような時代と比較すると我々の生活は建築のメンテナンスからは程遠いところにあり、建
築を触れる機会さえもほとんどなくなっていると考えさせられる。シェアリングメンテナンス
は我々の生活の中に再び建築を呼び戻すと同時に、建築や建築情報を媒体としたコミュニティ
形成について考えていく。
 

 茅葺き屋根の葺き替えの様子
 (出典:安藤邦廣/茅葺きの民俗学:生活技術としての民家)

 茅葺き屋根の葺き替えの様子
 (出典:安藤邦廣/茅葺きの民俗学:生活技術としての民家)


情報技術の発達により、設備機器や部屋の清潔さといったモノや空間を主語とした維持管理か
ら、清掃行為や人を主語としたものに変わりつつある。我々はその変化に注目しながら、メン
テナンスをポジティブでクリエイティブなものへと書き換えることで、建築の新たな可能性を
探求して行きたいと考えている。
 

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 准教授