不気味の谷のBIM
2015.12.03
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 石澤 宰
「不気味の谷」(Uncanny Valley)とは、人に似せたロボットの表情や動作が「似てるけど
微妙に違う」時に抱く生理的嫌悪感をさす現象です。より人に似てきたある段階で突如反動の
ように起こる拒絶感が「谷」と呼ばれる所以です。経験則ながら広く受け入れられており、
また同様のメカニズムは猿にも発生することが確認されています。理由として、少しおかしな
外見から異常を感じ、自己防衛本能が発動するとする「病原菌回避本能」説や、信じていたら
裏切られたという感情の動きのためだとする「先入観との不和」説などがあり、いずれも納得
がいきます。ひょっとすると東京生まれの私が無理に話す大阪方言がネイティブの人々に気持
ち悪がられるのも類似の現象かもしれません。いい線いっていると思うんやけどな。
このような現象で連想されるのが、以前も触れたガートナーのハイプ・サイクル(Hype Cycle)
における「幻滅のくぼ地」(Trough of Disillusionment)です。新技術が実用レベルに達し
て爆発的に世の中に歓迎された直後、反動のように人々が離れてしまう現象をさします。これ
を乗り越えたものだけが、広く使われる技術として「生産性の台地(プラトー)」に辿り着く
ことができるとされています。
キャズム理論の「深い溝(Chasm)」も似ています。新技術が広く普及するには、普及率16%
程度前後にある、Early AdopterとEarly Majorityを隔てる「深い溝」を超えなければならな
いというものです。
技術に対してもこうした現象があるところを見ると、人が何かに接する際にあるところで防御
反応が働くメカニズムが感じられます。思えばパーソナルスペース(Proxemics)の研究でも、
他人が個体距離まで接近すると人は「不快、怒り、不安などの感情」を抱くとされます。しか
し一方で、この距離はその人により、相手により、そして環境などにより左右されることも知
られています。不気味の谷も、それが動くか動かないかで反応が変わり、動かないものでは谷
が浅いとされています。
さてここでBIMです。アジア諸国でのBIM活用は、先のガートナーのハイプ・サイクルで言う
「過剰期待の頂」に向かっているとされます。ということはここから一度落ちることが目に見
えているわけで、悲しいですが避けられない運命ではあります。実際に周辺の需要の過熱ぶり
を考えてもそうだろうという気はしますし、実際に使ってみて「思てたんと違う」という感想
が広まるというのも理解できるものです。
例えば、「BIMから図面を切り出せる(掃き出せる)」という表現はよく聞かれますが、文字
や寸法の記入、図面としての化粧などはそこから2D作業として行う必要があります。そこで
「思っていたより手間だ」という感想もよく聞かれますが、このあたり上記の「谷」の部分に
よく似ています。何か新しい物に夢と期待が膨らみ、実際に試してみると「思てたんと違う」
ということは何につけよくある話です。その時に転ずるマイナス感情が大きい人もいればそう
でない人もいて、私の経験上これは年齢にあまり関係しません。どちらかというと、ソフト
ウエアやデータベースの仕組みについて知識のある人は柔軟で寛容であり、そうでない人は
「がっかり度」が大きいようです。パーソナルスペースにも既知で好意的な人物へは進入が許
されることからも、そうした理解は拒絶感を中和するのに有効です。
若い人のほうがBIMに向いている、とは限りません。物覚えが早く、新しい表現に抵抗が少な
いという点では概ね正しいでしょう。しかし例えば「今見たい要素だけを選り分ける」という
作業を考えた時、モニタにかじりついて一個一個選り分ける人もいれば、フィルタを使って手
早く一網打尽にする人もいて、これは必ずしも「若い人のほうがそうする傾向が強い」という
類のものでもありません。総じてBIMに関して「不気味の谷」が浅い人のほうがシステムに
沿った使い方の習得が早く、その意味で向いています。
ところで、これまで挙げてきたグラフを並べてみると興味深いことがわかります。不気味の谷
やパーソナルスペースでは「谷」部分はほぼ最後の一歩手前というようなところに現れるのに
対し、ハイプ・サイクルやキャズム理論では時間軸の前半に登場します。「人間的」かどうか
の違いなのでしょうか。谷を超えたBIMは案外すんなりと受け入れられる存在になるのか、
はたまたそこからが長いのか。逆に人型アンドロイドの表情も、人に似るようになってから長
い道のりがあるのかもしれません。人と人の距離?どちらなのでしょうね。