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コラム

歴史に学ぶ ~建物履歴情報とBIM

2022.02.10

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎
 
行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず……が例えとして適切かはわからないが
物ライフサイクルマネジメントでの情報管理に関わていると、建物は時間の流れとともに常
に変化し続けるということを実感する。
ライフサイクル全体で建物情報を作成・管理する場合、時間軸は欠かすことのできない重要な
要素となる。BIMモデルやデータベース、帳票等建物情報の記述形態は様々だが、これらには
様々な(統一されていない)形でいつの時点の建物を表したものかといった時間の情報が必ず
含まれている。
 
新たに建物を設計・建設する場合、大抵は建物情報を竣工時における「未来の姿」として作成
する。既存の建物に対して運営・維持管理や修繕・改修を実施する場合、「現在の姿」を表す
建物現況情報を利用する。これまでに建物がどのような経緯をたどったかという「過去の姿」
は建物履歴情報によって知ることとなる。
「未来の姿」は設計や施工の明示的なゴールであると言えるだろう。新築での設計BIMや施工
BIMという建物情報は、建物ライフサイクルの時系列における竣工時の姿であり、竣工時に竣
工BIMという「現在の姿」になる。竣工後の増改築や大規模修繕・改修といった工程で作成す
る建物情報も、それぞれの工程における工事完了時の「未来の姿」を表すものとなる。
「現在の姿」は建物の現況情報に該当する。ファシリティマネジメントでは建物の現状把握・
問題発見課題抽出施策設定将来予測のための基盤情報として建物現況情報が利用される。
改修・修繕・増改築といった施策の実施時に「未来の姿」を作成する場合、現況情報を利用す
ることで「未来の姿」の作成を簡素化できる。現況情報は点検・修繕や維持管理の視点による
ものが多いが、建物オーナーやユーザーによる事業やアクティビティのツールとして建物を活
用する視点でのモデル化が現状の課題であると考える。
 
それでは「過去の姿」はどうだろう?建物の森羅万象を記録として残す事ができればよいのだ
が、現実的ではない。となると、「過去の姿」は目的を決めた範囲で蓄積された履歴情報とい
うことになる。
情報システムにおける履歴情報は、発生したイベントの種類や内容と発生した時間で構成され
るデータログの集合体、とされる。建物ライフサイクルで発生するさまざまなイベントの内容
と発生時刻を蓄積すれば、建物履歴情報が構築される。建物に関するイベントは、最終案に至
る設計案の遷移、竣工までの施工実績、日常点検劣化診断、設備装置の運転監視、故障
クレームの発生・対処、法令・条例に基づく各種届出各種のコスト……と枚挙に暇がない
とはいえ、これらの情報はイベント発生時にその時の「現在の姿」として利用されても、時系
列的に蓄積した「過去の姿」として活用された好例は(筆者の勉強不足かもしれないが)思い
の外少ない、という印象がある。
建物の運用・維持管理では例えば躯体に劣化が見られた場合、何らかの手入れが必要な時期を
見極めるために該当箇所の劣化度やその進行速度の定点観測が必要となる。この時、現在の状
態に加え、過去の時系列的な変化を見るための履歴情報が今後を予測する上で有効となる。改
修や修繕を行う場合、対象となる部位が過去にどのような設計・工法・材料で作成されたか、
すでに何度か改修・修繕されているのであればどのような手の加えられ方をしたか、を把握す
る手段として建物の過去の姿は重要な手がかりとなる。過去にどのような法令や基準で性能・
諸元を決めたのか、そのルールがその後変更されているかといった経緯も重要な履歴情報とな
る。トラブルが発生した場合にどこまで遡る必要があるのか、原因はどこにあるかといった追
跡にも建物履歴情報が必要となる。建物の設計・施工・運営維持管理に対する内部統制や説明
責任が求められる場合、その設計や工法は誰が提案しどのような判断で採用・実施されたのか
といった意思決定のプロセスを明らかにする際にも履歴としての建物情報が求められる。
 
俯瞰すると建物履歴情報はある時点での建物の状況の把握と変更の経緯や追跡のための証跡
定点観測された情報を元にした傾向分析や将来予測を含めた時系列モデル作成のための素材、
として有効であることがわかる。情報システムにおけるデータログはイベントの内容と発生時
期の記録だが、建物履歴情報はデータログだけでなくイベント発生前後における建物状況のス
ナップショットを組み合わせる必要があるだろう。ある時点での建物の状態をスナップショッ
トとして保存し、ある時点から次の時点の状態に変遷した要因をイベントと発生時期から構成
されるデータログとし、これらを交互に組み合わせて保存・蓄積するのが建物履歴情報として
のあり方なのではないだろうか。あるいはジャーナルとトランザクションの積み重ねでライフ
サイクルにおける建物の姿を最初から最後まで再現できるようにすることが、建物履歴情報の
最終形態なのかもしれない。スナップショットはイベントの発生のみをトリガーとするのでは
なく、監視や測定を目的とする場合は定期的な時間での情報取得が必要となる。勿論そのイン
ターバルも目的や用途によって異なるものとなる。
建物のスナップシットはおそらくBIMモデルのような記述方法で情報化することができるが
データログはBIMモデルとは別に建物またはその構成要素にリンクする別のデータとして情報
化し、時間軸でそれらの連携を管理するような仕組みが必要になるだろう。
 
これまでは漠然と保存・蓄積しておいたほうが良いとされてきた建物履歴情報は、データマイ
ニング・ディープラーニング・機械学習といったデータサイエンスの普及とともに大きな価値
を持つものとなってきている。現状把握や課題抽出から将来予測やシナリオメイキングまで、
技術や手法の進化は建物の過去の歴史から学べることをより多くしていく。動的なビッグデー
タと整理・蓄積されたデータウェアハウスとしての活用を踏まえ、建物履歴情報のあり方と活
用の方法を建物の状態やイベントと時間の関係から改めて見直し、考える時期に来ていると感
じている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター