コンピュテーショナル・デザインにおける
連続性と離散性~その1~
2022.09.06
パラメトリック・ボイス
コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡以前のコラムで乱数に関連して連続性と離散性について手短に触れたが、その対立する二項は
建築においてもしばしば議論に挙がる重要なテーマでもある。コンピュテーショナル・デザイ
ンでは計算を用いて設計を行うが、そこで用いる様々な計算手法/アルゴリズムにもまたそれ
ぞれ連続性または離散性の特徴が見られる。今回から数回に分け、そのような計算の特徴に起
因するコンピュテーショナル・デザインの連続性と離散性というテーマについて記す。なお、
これは今年2月の建築情報学会WEEKで筆者が企画したラウンド・テーブル・セッションでの
テーマでもあり、英語で行われたセッションは学会員限定コンテンツ動画として配信されてお
り、興味のある方はそちらも視聴されたい。
建築における連続性と離散性の例として近年の潮流では、デリダ、ドゥルーズの脱構築主義と
微積分、動力学の科学主義を取り入れてデジタル建築を切り開いたグレッグ・リンに始まり、
ザハ・ハディド・アーキテクツ代表パトリック・シューマッハの提唱するパラメトリシズムに
繋がる流れが連続性を特徴とするのに対し、ジル・レツィン、ホセ・サンチェス、ダニエル・
コーラーら若手建築家が提唱するディスクリート派や、マーク・フォスター・ゲージ、トム・
ウィスコムなどに代表されるグレアム・ハーマンの哲学理論に影響を受けたオブジェクト指向
存在論建築には離散性の特徴が見て取れる(この辺りの流れは建築情報学会Session Vol. 8
前編(クリックするとYouTubeへリンクします)と後編で述べられている)。
コンピュテーショナル・デザインでは様々な計算手法/アルゴリズムが用いられるが、自然科
学や計算機科学の分野で生まれたこれらの計算手法は以下に記すようにそれぞれ異なった連続
性/離散性の特徴がある。
パーティクルや気体・流体のシミュレーションやスウォーム・シミュレーションは、細かい点の
ミクロな力学的相互作用の結果、マクロに見ると連続的な振舞いが現れる傾向が強い(図1)。
特にそれらの点の移動の軌跡をデザインに利用する際には、軌跡の連続性がデザインに投影さ
れる(図2)。また、形の最適化を行うフォーム・ファインディングで用いられる物理シミュ
レーションにおいても、多くの場合接触し合う部材またはジオメトリ間での力学反応によって
最適化を行うため、その接続が連続性として表れ(図3)、引力や斥力などの離れた力を及ぼ
す力の場による物理シミュレーションであっても、距離が近いと強く、離れると弱くなる引力
のような自然界の物理力が連続的な変化をするのに倣った力の場に起因して、連続的な形状が
生成される傾向がある。
また、植物や細胞など一つの生物の成長をシミュレートするアルゴリズムでは、一つの個体は
連続した体を持つため連続的な形態をとり、また自然における生物の各部位の自己相似性によ
り、異質な離散的要素に見える部位の発生をシミュレートすることは稀である(図4)。
一方、離散性の特徴を持つアルゴリズムとしては、以前コスタス・テルジディスが同名の著作
で述べていたパーミュテーション・デザイン(図5)で用いられたようなパーミュテーション・
アルゴリズムは、異なる要素の組み合わせを数え上げるため、離散要素の組み合わせ探索アル
ゴリズムとして離散的であると言える。また、ジョン・フォン・ノイマンが確立したセル・オー
トマトンは、空間的に離散化された格子状のセルの離散的な状態の遷移を計算するモデルであ
り、空間的・時間的な解像度が極度に高くない限りは離散的な振舞いと結果をもたらす(図6)。
格子状の隣接関係ではなく、有向グラフでセルまたはノードの関連性が表されて離散的な状態
が遷移する有限オートマトンも離散的に振舞う。同様の視点から、離散状態をテープに記して
情報処理を行うチューリングマシンも離散的な特徴があると言える。更には言語における構文
解析など、列をなす語を扱う自然言語や形式言語の処理全般も、一見すると離散要素が一次元
の列の上で組み合わされたデータの処理として見られ、離散性が見受けられる(図7)。
計算機科学では解の発見や最適化を行うための探索アルゴリズムが数多くあるが、その中にも
連続性と離散性が見て取れる。それは2つの単純な探索アルゴリズムである山登り法とランダ
ム・サーチを比較すると分かりやすい。山登り法は、探索対象の解空間の一点を評価したとき
に、その近傍により良い解が無いかを調べ、あればその近傍を更に調べるということを繰り返
し、近傍により良い解が無くなったときにその点を探索結果として返す。解空間のランドス
ケープが一つの山状になっていればその頂上へ辿り着いて最適解が探索されるが、複数の丘が
ある場合や荒れたランドスケープでは必ずしも最適ではない丘の頂点に留まり、最適解ではな
く局所解が返される。一方ランダム・サーチでは解空間のランダムな点を選んで評価し、それ
を時間の許す限り繰り返した後、最も良かった解を探索結果として返す。解空間全体を偏りな
くチェックできうるが最適解や局所解を見つける可能性は高くない。このように前者は局所的
に調べて連続的に探索を行うのに対し、後者は一つ前の解とは無関係に大局的・離散的に探索
を行う。
これらの探索法は初歩的な方法であり、現実的にはもう少し工夫された方法が用いられ、それ
らでは連続的な探索と離散的な探索が組み合わされている。例えば高温から低温へ移行する金
属処理法になぞらえた探索法である焼きなまし法では、一つ前の解から次に評価する解までの
解空間での距離が制御されており、その距離は探索の初期には長く設定され、探索が進むにつ
れて短くされる。これは最初にランダム・サーチのような離散的な探索を行い、徐々に山登り
法のような局所的・連続的な探索に移行していると言える。また、解を遺伝子に見立てて探索
を自然淘汰による進化の過程になぞらえた遺伝的アルゴリズムでは、一度に多くの解(個体)を
評価するが、その次の世代の解は交配と突然変異によって生成される。交配は現世代の高い評
価の解を2つ選び、それらの解がエンコードされた遺伝子を2つ混ぜ合わせて次の世代の新し
い解を生成する方法で、選ばれた2つの親の解に類似した、近傍の連続的な子供の解が生成さ
れる可能性が高い。突然変異は解の遺伝子の一部をランダムに改変して新しい解を生成する方
法で、解空間で遠くの離散的な解が生成される可能性が高い。遺伝的アルゴリズムでは多くの
場合、高い確率で交配を用い、低い確率で突然変異を用いて次の解を生成するので、山登り法
のような連続的な探索とランダム・サーチのような離散的な探索を前者に高い比率で並行して
組み合わせられていると言える。
ここ最近はMidjourneyやDall・Eのような言語から画像を生成するAIツールが話題であるが、
人工知能においても近年高い注目を集めるディープラーニングに限らず広く見渡すと異なる特
徴の多くの手法が存在する。ディープラーニングはニューラルネットワークの一種であるが
ニューラルネットワークは離散的なノード(ニューロン)を単位として処理を行い、ニューロン
に繋がれた次のニューロンへ伝達される信号は、生物の神経細胞の発火に倣って、信号を伝え
るか伝えないかの離散的な情報である。しかし、ニューロン間の接続の度合いは連続値で重み
付けされ、あるニューロンへの入力はそれに繋がる全てのニューロンからの信号の重み付き和
の連続値であり、その処理結果は学習データを補間したもののように見受けられることが多く、
連続的な特徴がいくつか見られる。ただしディープラーニングでは、4層以上の多層のニュー
ラルネットを用いて、対象データの粒度または抽象度をニューラルネットの階層に対応させて
おり、抽象度の高いニューロンに、画像認識を行うときの「顔らしさ」や「猫らしさ」と言っ
たような特徴が自動的に現れ、人間に理解できるものとは限らないが離散的な知識のようなも
のも内部に出現する(図8)。
一方、90年代の人工知能の冬の時代以前に開発された人工知能システムであるエキスパート・
システムは、医師の診断のような知的処理の知識を、質問と答えのグラフとして構造化して
内蔵した質疑応答システムであり、離散的な言語処理に近い。また、近年成功を収めるIBMの
ワトソンも質疑応答システムであり、手法は過去の質疑応答システムより洗練され、蓄えられ
た知識も膨大であるが、言語処理の離散的特徴を備えているように見受けられる(図9)。
また、機械翻訳の分野でも異なる特徴を持つ複数の手法が存在する。過去に主流であったルー
ルベース機械翻訳では事前に人間が構築した文法や構文のルールに従って構文解析や文章生成
を行い、この手法には古典的な言語処理やエキスパート・システムのような離散性が見られ
る(図10)。統計的機械翻訳では、ルールを用意する代わりに、大量の翻訳例文を用意し、
そこから語や句の対応関係を確率分布として分析し、その確率分布を元に最も確率の高い翻訳
文章を探索して生成する。この確率分布から最も正しそうな変換先を探索する手法は、時間軸
に連続な音声のノイズ消去の信号処理手法を応用したものである。また処理対象は語や句の離
散的なものであるが、膨大な翻訳データから抽出される確率分布は連続的であり、少しずつ
異なる語からなる文章候補の中から最適な文章を選ぶプロセスにも連続性が見受けられ
る(図11)。そして近年の主流であるニューラル機械翻訳では、大量の翻訳例文から関係性を
学んで翻訳を行う枠組みは統計的機械翻訳と同一であるが、内部にニューラルネットを用い、
エンコーダのニューラルネットにより、数百から数千の高い次元の、連続値のベクトルに変換
され、それを元にデコーダのニューラルネットで最も確率の高い翻訳文を生成する(図12)。
この途中で生成されるベクトルは、多次元連続値で表現された、機械が自動生成した言語知識
のようにも見え、ディープラーニングでノードに出現する特徴と類似した仕組みのように思わ
れる。
以上、様々なアルゴリズムに見られる連続性と離散性について述べたが、これらの中にはこれ
までのコンピュテーショナル・デザインであまり使われていないものも含まれる。これまでの
コンピュテーショナル・デザインでは連続性の強いアルゴリズムが使われる傾向があるが、こ
れはコンピュテーショナル・デザインという分野が、最初に述べた連続性の建築であるデジタ
ル建築の流れから生まれたものであるためと筆者は考える。しかし一歩引いた俯瞰的な視点か
ら考えれば、これまであまり使われてこなかったアルゴリズムやその概念的な仕組みは未開拓
のものであり、連続性の建築を越えてコンピュテーショナル・デザインの可能性を切り開くも
のであるかもしれない。(次回へ続く)