施工BIMと時の神:クロノスとカイロス
2022.09.21
パラメトリック・ボイス 熊本大学 大西 康伸
設計になくて施工にあるもの、それは時の概念ではないだろうか。
もちろん設計に関係するような時も、あるにはある。例えば環境工学的な観点で考えると、季
節や時刻によって建築を取り巻く環境は変化し、それは設計に大きな影響を与える。しかし、
施工のように時の経過によって建築(と言っていいものか)の形態そのものが変化することは
ない。施工で扱わなければならないこの時という厄介な、しかし重要な情報を、BIMでどのよ
うに扱えばいいのか。
今回のコラムでは、過去から未来への時の流れを意味するクロノスと機会や頃合いを意味する
カイロスという、ギリシャ神話の時を司る二人の神の名をお借りして、その問いに対する答え
の糸口を対比的に示したいと思う。
ここ数年の思索の中で、施工では時を具体的な日時(クロノス)としてではなく順序(カイロ
ス)として扱うのがよさそうだ、という思いに至った。建築を構成する部材はボルトやビスな
ど細かなものまで含めると把握しきれないくらいの数があり、その全てに施工の日時に関する
情報を付与するのは現実的ではない。しかし、「部材群」単位で順序を付与することでまずは
部材群の時間を相対化し、次にその部材群内の「部材」単位で順序を付与することで部材一つ
一つの時間を相対化すると、少なくとも順序を付与する作業は(それでも大変ではあるが)遂
行可能となる。このようにして順序(カイロス)さえ決めておけば、後で具体的な日時(クロ
ノス)と結びつけることは容易い。
施工BIMで時を扱う具体例として、昨年9月28日のコラム「続BIMへ変わるための時間」で紹
介した鉄骨建方計画支援の取組がある。このコラムは、コンピュータで三次元が容易に記録、
表現できる時代において、それができなかった時代に案出された図面からなかなか脱却できな
い建設業界の現状を憂いたものだが、期せずして今回のコラムの内容と繋がった。
鉄骨建方の順序は、各工区の順序と各工区内の部材一つ一つの順序という二つの階層により決
定される。これらの順序はある程度ルール化することができ、工区内の部材の(一般的な)順
序に関してはアルゴリズムによって決定し自動で部材に付与することができる。建方の工程シ
ミュレーションの際には順序と実際の日時を結びつけるのだが、予定は度々変わるため、結び
つきを随時変更することで予定の変更に対処できるこの仕組みは、割とよくできていると我な
がら思う。
このような、BIMモデルが持ち合わせていない情報を自動で増やす(もしくは減らす)方法は、
半自動化アプローチ(Semi-Automated Approaches)と呼ばれ、建物のライフサイクルに
おいてデータを育てながら使い続けるというBIMコンセプトを実現するために、少なくとも現
状では必要不可欠である。
余談であるが、この建方順序を自動で割り振る前に建方検討のためのBIMモデルを作成する必
要がある。開発したシステムでは、鉄骨の構造設計モデルにプログラムが節を挿入しブラケッ
トを配することで、それを自動的に作成している。ある目的のために作られたBIMモデルを他
の目的でも使えるように、ルールに従い自動的にBIMモデルを修正し、パラメータを追加する。
これも半自動化アプローチによるモデリングであると言える。
実はRevitユーザーグループの初代会長であるI氏とのやりとりの中で、施工BIMにおける時の
重要性について偶然話題に上がった。I氏は今から15年前、当時BIMの右も左もわからず大学
の建築情報教育へBIMを導入しようとしていた私をRevitユーザーグループへとお誘いいただ
いた、BIMの恩人の一人である。I氏がその必要性を痛感していると分かり、大いに勇気付け
られた。
今後、I氏との議論で施工BIMにおけるクロノスとカイロスについての思索が深まり何らかの
協働が実現すれば、3年に渡りI氏と組み立てた応急仮設住宅の半自動アプローチに次ぐ新しい
景色が見えるかもしれない。そんな淡い期待を、今抱いている。