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コラム

建物オーナーの執着 ~情報要求事項とBIM

2023.04.18

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

世の中には建てられた背景や経緯を含め存在自体が奇々怪々な建物が数多く存在する。その中
でも筆者は特にウィンチェスター・ミステリー・ハウス、シュヴァルの理想宮、そして二笑亭
の3つに大きな魅力を感じている。これらの「奇建築」は建築学よりはむしろ人文学や社会学
の分野で語られることが多い。建物自体だけでなく建物オーナーの個性や建物にまつわるエピ
ソードによることが大きいからだろう。キワモノとして扱われているが、建築分野でこれらの
建物を知らない人は殆どいないのではないだろうか。

36年間(出典により若干の違いがあるが)増築され続けたウィンチェスターミステリーハウ
ス(Winchester Mystery House)
結果としておよそ160の部屋を持つ巨大な邸宅となった。
増築を繰り返して迷宮のようになった老舗の温泉旅館と異なるのは、空間を拡張することでな
く365日24時間工事を止めないことを目的としたためだろう家族を次々と亡くし霊媒師のア
ドバイスを求めたサラ・ウィンチェスター(Sarah Winchester,1839-1922)は、ウィンチェ
スター家が代々製造した銃によって命を奪われた者たちを鎮魂し、自身の身を守るために家を
建て続けなければならないと信じ込んだ。悪霊から身を守るためか、住宅としての十分な設備
と機能を持ちながら通ることができない通路や上がることのできない階段といった通常では考
えられないような仕掛けが随所に設けられている。幸い十分な財力があった建物オーナーは生
涯を閉じるまで自ら建設業者に指示を続けた。オカルトの分野で言及されることの多い建物だ
が、改めて100年前のヴィクトリア朝様式の住宅として見ても良いかもしれない。
ウィンチェスター・ミステリー・ハウスとは対照的にシュヴァルの理想宮(Palais idéal
du facteur Cheval)
は建物オーナーが33年の歳月をかけ文字通り自ら造り上げた。郵便配達
人のジョゼフ・フェルディナン・シュヴァル(Joseph Ferdinand Cheval,1836-1924)が
1879年仕事中につまずいた奇妙な形の石を持ち帰ったところから理想宮の物語が始まった
ことはよく知られている。財力も建築の知識もないシュヴァルが、仕事の合間に拾い集めた資
材で自ら工事を行い続けた動機と情熱は想像もつかない。これら2つの建物は現存し一般公開
もされているが、残念ながら筆者はどちらもまだ訪れたことがない。是非とも直接見る機会を
得たいと思っている。
かつて江東区門前仲町にあった二笑亭は、地主の渡辺金蔵(1877-1942)が設計図なしに直
接大工に指示をして建てさせた。五角形と六角形のガラスを組み合わせた正面玄関を始めとし
たなんとも怪しげな雰囲気を持つこの住宅は、関東大震災後に世界一周旅行から帰った建物
オーナーが自らの想いを直接形にした。家族が逃げ出すほどの度重なる奇行と、当時は高い資
産価値を持っていた電話を使わないという理由で無料返却したことがきっかけで入院させられ
た後、二笑亭は1938年に残念ながら取り壊される。取り壊し前に精神科医の式場隆三郎と
谷口吉郎が調査を行ったことで、現在もその姿を知ることができる。財力のあるオーナーが自
らのアイディアを設計者を介さず直接施工者に指示して建物を具現化する、という意味では
ウィンチェスター・ミステリー・ハウスタイプの建物、ということができるかもしれない。

これら3つの奇建築の共通点は、建物を具現化したある種の狂気や執着を通して建物オーナー
の姿が後世の我々に垣間見えることではないだろうか。建物が持つ強烈な個性ということも付
け加えるべきであり、これらを併せ持つ稀有な例ということになるのだろう。
いささか前置きが長くなったが、建物は発注者の要件によって建てられるものである。確かに
建物は設計者の作品でもあるが、まずは建物オーナーが求めなければ具現化されない。3つの
愛すべき奇建築たちは極端な事例だが、建物オーナーが何のために建物を建て所有し使うか、
そのために何が知りたいのかを適正に知ること、それらを集めて整理することが建物情報を管
理する上で最も重要な事なのだと思う。

ISO 19650-1:2018の情報要求事項階層の概念を紐解くと最初に発注者の経営・事業方針に
基づく組織の情報要求事項(Organization Information Requirment: OIR)を設定する。事業
を拡大発展するために知りたいことは何か?という情報項目をここで明確にする。OIRのうち、
資産に関する情報として求められるものが資産の情報要求事項(Asset Information
Requirment: AIR)とされる。AIRを具体的なデータモデルにしたものが情報資産モデ
ル(Asset Information Model: AIM)であり、BIMモデルで言えば現況BIMに相当する。OIRか
らAIRを介してAIMに至る流れは、プロジェクトデリバリーを考慮しないアセットマネジメン
トのための要求情報項目の展開、と説明されている。経営・事業方針に基づいた評価指標のう
ち、CRE・PREの管理情報を集めて具体的なデータ項目を決め、資産管理やFMのための現況
BIMモデルを作成する流れに相当する。
一方、発注者の経営・事業方針を元に建設プロジェクトを実施する際、OIRはプロジェクト情
報要求事項(Project Infomation Requirment: PIR)の設定に寄与する。PIRを具体的なデータ
モデルにしたものがプロジェクト情報モデル(Project Information Model: PIR)であり、BIM
モデルであれば、設計BIMや施工BIMに相当する。PIRを決定する上で考慮すべきこととして、
AIRとPIRの情報交換要求事項(Exchange Information Requirment: EIR)を設定することで、
プロジェクト完了後にPIMの情報をAIMの更新現行化に利用できるようにするOIRからPIR、
EIRを介してPIMを設定する流れは、アセットマネジメントを考慮しないプロジェクトデリバ
リーのための要求情報項目の展開とされる。プロジェクトデリバリーのための情報要求項目は
設計施工で利用するものが中心となるが、発注者が要求する情報項目を盛り込む必要もあると
いうことが分かる(文章で表記するとややこしいがチャートで見ると一目瞭然である。詳細
はISO19650-1:2018のHierarchy Information requirmentsをご参照いただきたい)。

建物ライフサイクルマネジメントでのBIM導入、特に設計から施工へ、建築生産から運用へ、
とBIMモデルを介した情報流通・継承はともするとLODの議論になりがちであるが、まずは情
報要求事項の展開から考えてみてはどうだろう。当たり前の話だが、建物オーナーが建物を建
てる動機、竣工後に自身の事業やアクティビティで建物をどのように使っていきたいのか、建
物によって何を守りたいのか、どのような価値観を持っているか、を理解し、そのために必要
とする情報は何かを検討した上でBIMに搭載する情報項目を設定すべきだろう。建物ライフサ
イクル全体で活用するBIMは建築生産のためや建物性能の維持管理のためだけではなく、建物
オーナーやユーザーが建物をどうしたいのかを情報面からサポートするものでなければならな
い。

3つの奇建築のオーナーたちが現代にいたら、どのような建物ライフサイクルマネジメントを
指向しどのような建物情報を欲したのか、などと想像するのも一興だろう。同様に発注者が求
める建物情報をアセットマネジメントやプロジェクトマネジメントに展開してみると、これま
でとは変わったBIMの姿を目にすることができるかもしれない。

 左:式場隆三郎・藤森照信・赤瀬川原平・岸武臣・式場隆成、 二笑亭綺譚、 ちくま文庫、
   1993.1
 右:岡谷公二、 郵便配達夫シュヴァルの理想宮、 河出書房新社、 2019.3

 左:式場隆三郎・藤森照信・赤瀬川原平・岸武臣・式場隆成、 二笑亭綺譚、 ちくま文庫、
   1993.1
 右:岡谷公二、 郵便配達夫シュヴァルの理想宮、 河出書房新社、 2019.3


ホラー映画やオカルト視点のものはあったが、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスを建築
的に捉えた書籍を見つけることができなかった。
もしご存じの方がいらっしゃったら是非ともご教授いただきたい。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター