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コラム

クラフトマンシップの在り処

2023.05.18

パラメトリック・ボイス
                東京大学 / 中倉康介建築設計事務所 中倉 康介


東京大学の豊田啓介研究室で、持ち回りでコラムを執筆させて頂くことになりました。
研究室の活動内容については、前回の宮武さんの記事をご覧いただければ幸いです。
 
さて本コラムでは、伝統的な職人技や口頭伝承によるノウハウによって成立している建築意匠
について、どこまでデジタルな設計・施工方法で代替できるのか、(現時点での技術的なハー
ドルや経済的な合理性は一旦無視して)机上の思考トレーニング的に考えてみたいと思いま
す。と言うのも、設計の効率化や建設プロセスの透明化という観点からは、建築分野のデジタ
ル化はより一層推進されるべきだと考える一方で、例えば休日に数寄屋建築を見に行くと、や
はり伝統技法や手仕事の味わいのようなものに日本的な文化や美意識を感じますし、そのよう
なマニュアルな価値観は捨象されずに残って欲しいと願う気持ちが芽生えるからです。特に日
本建築を代表する建材として「木」をどこまでデータ化して扱うことが可能なのか、少し想像
を膨らませながら検討してみたいと思います。
 
例えば丸太の場合、当たり前ですが元口と末口で径が違います。モデリングする場合は円柱か
円錐台で近似せざるを得ないと思いますが、精確には断面も正円ではありません。また、山か
ら伐採する際に根っこの部分まで土を掘り返して切り取った株付きの丸太も、意匠材として流
通しています。現状ではこのような材で建築物を構成する際には、職人が現場合わせで施工す
るのが最も効率が良く信頼できる方法になていますが原理的には1本1本の丸太を3Dスキャ
ンすればデータ化して扱うことは可能なはずです。更に広く流通している105角や120角のよ
うな製材済みの角材であれば、直方体でモデル化するだけでも、十分に精度よく取り扱うこと
ができそうな気がします。

ただし実際の施工に際しては、木の形状に加えて、向きについても考慮するべきでしょう。木
材には木表(樹皮に近い側)と木裏(樹芯に近い側)があり、水分をより多く含んでいる木表側に
徐々に反ってきます。また、角材や丸太では、乾燥収縮によるひび割れを防止するために木表
側に背割りを入れる必要があります。大工は、柱であれば元口を下・末口を上に、梁や桁であ
ればむくり方向が荷重に抵抗できるように木表を上側にして木材を適材適所に用います。この
ようなノウハウをデジタル情報に変換するのも、あまり難しくはないはずです。具体的には、
各面毎に元口/末口や木表/木裏というメタデータを付加してモデリングに反映すれば、設計時
から施工時まで材の向きを一貫して指定できることになります。また、京都の北山杉などは元
口と末口の径の差がほとんどない銘木として知られていますが、径の差や変化率をメタデータ
として付与すれば、そのような丸太の性質や産地ごとの付加価値も定量的に扱えるようになる
かもしれません。
 
ここまでは材料としての木について検討してみましたが、その加工方法についてはどうでしょ
うか。簡単な継手仕口であれば、接合部の金物や木材端部のプレカット形状をBIM上で再現可
能ですが、例えば日本建築には天然石の上に直接柱を建てる「ひかりつけ」という技法があり
ます。石肌のいびつな凹凸を正確に木材に写し取り、少しずつ木材を削ってぴったりに突き合
わせる作業はまさに職人技です。それでも、この技法も論理的にはデジタルに再現することが
可能です。石を十分な精度でスキャンして点群をメッシュ化しRhinoceros等の3D CAD上で
ブーリアン演算を行えば、石と取り合う木の断面もジオメトリとしてモデリングできるからで
す。CNC等を使用して出力までデータを接続できれば、属人的なスキルも機械的に代替できる
ように思われます。

少し視点を変えて、「なぐり」のような手の込んだ表面加工についてはどうでしょうか。これ
は、釿(ちょうな)と呼ばれる大工道具で木材の表面を連続的に斫る技法で、手仕事の痕跡をあ
えて残すことでそれを味わいとみなすものです。機械的に均一なパターンで削ったものと職人
が1つ1つ削るものでは仕上がりの風合いに雲泥の差がありますが、どちらも表面仕上の種類
をメタ情報の一つとしてモデルに付加するだけで十分かもしれません。もっと妄想を膨らませ
ば、自然な揺らぎのパターンをプログラミングで生成したり、熟練大工の動きをモーション
キャプチャーで記録してKUKAが釿を持って同じ動作を再現できる未来もあり得るでしょう。
木目を際立たせるための「浮造り」や「目はじき」と言った他の表面加工の方法も同様に考え
ることができます。

このままだと究極的には職人技は淘汰される運命だという結論になってしまいそうですが、ま
だ何となく納得できないので、さらに微視的に考えて木目や節に着目してみます。例えば、木
のテクスチャが当てられたCGで長手方向や小口の木目の向きがおかしいと一気に偽物感が出
てしまいますこれは3Dモデル上でのテクスチャのマピングを修正すれば済む話なので単純
ですが、実際の建材として木目や節までデジタルに扱うとすると、どのような情報が必要にな
るでしょうか。板目と柾目くらいは材の種類としてすぐに区別できるかもしれませんが、日本
建築には、赤身と白太が混ざった杉板を、源氏と平氏がそれぞれ白旗と赤旗を掲げて戦った史
実になぞらえて「源平」と呼んで意匠に取り入れる手法や、中心のみ細い板目で左右が柾目に
なっている「中杢」の板を最高級の希少材として客間や茶室に用いる文化があります。さらに
その中でも登目、受け中杢、出会い中杢、亀の甲中杢、泣き別れ中杢等々、微妙な木目の出方
によってランクが分かれるので、目利きが必要とされます。もっと広く木目の価値が認識され
ている例だと、四方柾の柱などが挙げられますし、一枚板の天板では原木の幹が二手に分かれ
る部分に出やすいサバ杢や、瘤のある木を表面に近い部分でスライスした際に現れる玉杢など
も高級材の木目として重宝されています。また、見た目の意匠性という意味では、木の節の数
やサイズについても等級が分かれます。こちらはJAS (日本農林規格)で造作用製材の材面の品
質基準が定められており、無節、上小節、小節、並と分類されています。私感ですが、木目を
愛でる文化は、熟練の職人を以ってしても材を挽いてみるまで分からないという世界の中で、
その難易度や希少性を背景に育まれてきたものなのではないかと思います。また、無節の材が
好まれるのも、単純な見た目上の問題もありますが、やはり原木を育てる過程で節の元となる
枝を切り落とす手間等を含めて、その価値が認められているのではないでしょうか。このよう
な木目や節の特性までデジタルで情報化し、市場価値に正しく反映できるようにするために
は、根本的には原木の状態で1本ずつ年輪をX線でスキャンして、それぞれの原木からどのよ
うな木目でどのサイズの材が何本切り出せるのか、木取りを最適化しなければなりません。ま
た、そもそも木が育つ山の日照条件や土壌環境、剪定にかかる作業手間等も無視できなくなる
でしょう。

このように考えてみると人が完全にコントロルすることができない自然由来の材料特性や、
その魅力を最大限に引き出すために特別な技術が求められる領域に、クラフトマンシップの本
質的な価値があると言えるのではないでしょうか。個人の経験知や熟練度に頼る場合でも、何
か最新の解析・加工方法を用いる場合でも、素材について深く探求すればする程、より多くの
手間暇がかかるのは間違いありません。その意味では、クラフトマンシップは設計者や職人の
素材に対する理解度と、その魅力を引き出した"良い仕事"に見合う市場価値を確立できるだけ
の文化的な成熟度に支えられているのだと思います。実は本コラムの内容は、先月の4月11日
に赤坂BizタワのUoCでETH Zurichから来日していたMatthias Kohler氏のレクチャーを拝聴
した際に思い付いたものです。同氏はレクチャーの中で、天然の砕石の形状をデジタルにス
キャンしながら積み上げるプロジェクトや、ロボットが積むレンガブロックの間に職人がモル
タルを詰める作業のことをAugmented Craftsと呼んで取り上げていました。デジタル技術と
伝統的なクラフトマンシップを二項対立的に捉えるのではなく、むしろ新しい技術によってク
ラフトマンシップが増強されるという考え方が、とても腑に落ちたのを覚えています。私は豊
田研の特任研究員として、エージェントのナビゲーションを指向した屋内空間の記述方法につ
いての研究を進めつつ、同時に自身の建築設計事務所では住宅や店舗等の設計監理も行ってい
ます。大学ではBIMやゲームエンジンのエキスパートが集まる環境に身を置きつつ、設計の現
場では職人さんと細かな納まりについて議論を重ねるという状況で働いているので、今後も何
とか二足の草鞋を履きこなしながら、最新の技術と伝統的な職人技の両者を接続する役割を担
えればと考えています。

 株付きの磨き丸太【時を囲む家, 2021】

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 丸太の桁と登り梁の納まり01【進行中プロジェクト, 2023】

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 丸太の桁と登り梁の納まり02【進行中プロジェクト, 2023】

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中倉 康介 氏

東京大学生産技術研究所 特任研究員 / 中倉康介建築設計事務所 代表取締役