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コラム

建築BIMの時代22 建築生産と施設運用の溝

2023.05.25

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

また私事から始まることをお許しいただきたい。前回のこの欄で、桂米朝師の「上方落語ノー
ト」に私の曽祖父の曽呂利新左衛門という落語家について触れられていると書いた。第四集の
『「算段の平兵衛」考』に大正時代の大ベストセラ作家であった村上浪六が紹介されている
その中で、「上本町のさくら寺(隆専寺)に、落語家曽呂利新左衛門の墓と記念碑があるが
(この碑はかつて曽呂利の門下であった縁で新派の創始者川上音二郎の建立になるもの)、
あの大きな曽呂利の碑の文字は、たしか浪六の筆である。“二世曽呂利新左衛門”とある。 
太閤秀吉に仕えた曽呂利を初代としての二世であるがまた(にせ)にせ(、、)という意味も含ませたつ
もりであったそうな。」との記述がある。墓参りの時などにこの碑の謂れは聞いていたが、誰
の筆になるかまでは知らなかった。浅学で村上浪六氏のことは存じ上げなかったので、いい勉
強になった。
 
建築生産の段階、設計や施工の場では着実にBIMの活用が進んでいる。「業界全体ではそれほ
ど使われていない」、「普及しているとは言えない」と思っている人も多数いるだろう。しか
し十数年前からBIMの状況を見ている者からすると、格段に進んでいると感じている。多くの
先駆的な技術者の活動国交省の建築BIM推進会議の強力な後押しやDXが喧伝されている社会
状況もあり、BIMに対する認知度と期待度が高まっている。それが建築生産段階のBIM活用に
つながっている。一方、建築が完成した後、建築が使われるようになってからの施設運用の段
階でのBIM活用は、まだまだである。JFMAのBIM・FM研究部会の一員として、ガイドブック
やガイドライン、事例集などの発行に携わり、BIMに対する認知度が上がってきたと感じてい
るがBIMによる情報がFMや施設運用で活用されているとは言えないBIMが建築完成後の資
産価値向上にもつながっていない。
 
建築生産と施設運用の間に大きな溝がある。溝の最大の原因は、人・職能・価値観・マインド
セットがことごとく異なっていることだと感じている。これまで、建築生産と施設運用それぞ
れの業界で活動してきた人が相互に理解を深め、新たなマインドセットを創り出すには並大抵
のことではない。ライフサイクルコンサルタントやファシリティマネジャーにその役割を期待
しているのだが、その数はごく僅かである。新たなマインドセットを持った人材や職能が増え
てくることを期待している。
 
また、既存の価値観にとらわれない人にも期待したい。安易に新しい技術や人に頼るのはよく
ないが、その萌芽はある。ロボットや自動運転、ビッグデータやAIなどの技術とそれに関わる
人たちである。それらの新しい技術の要となるのがデジタル情報である。問題は、そのデジタ
ル情報とBIMとが直接結びついていないことである。BIMによる建築のデジタル情報が新たな
技術を通して、施設運用や資産価値向上に寄与するようになることを信じている。
 
最近テキスタイルデザイナーコーディネーターの安東陽子さんの講演を聞く機会があった。
安東さんが現在のお仕事に携わるようになったきっかけは、テキスタイルが空間を変えること
に気づき、それが大変面白かったからというようなお話をされていた。建築もテキスタイルも
昔からあった。しかしその関係をうまく解いた人が安東さんなのだと思います。
 
建築をつくることと施設を運用することをうまく解く人がBIMの未来を拓いてくれると思って
いる。

    記念碑 表面

    記念碑 表面


    記念碑 裏面

    記念碑 裏面

猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長