採用試験事情(BIM?AI?やはり手描きか・・・)
2023.06.23
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
前回のコラムの執筆が年度末の3月でした。ちょうど3ヶ月が経過したのですが、新年度を迎え
てからというもの本当に「あっ」という間でした。年齢を重ねるにつれて時間が過ぎるのを早
く感じるのは「ジャネーの法則」のせいで、「人生のある時期に感じる時間の長さは年齢の逆
数に比例する」そうです。単純な計算ですが現在の私の年齢を考えると、社会人になった20代
の頃と比較して2倍速く感じることになります。そういえばこの3ヶ月間は新卒採用の面接で学
生に会ったり、入社したての新入社員の前で仕事の話をしたりと、20代の若い人と触れ合う機
会が多かったです。2023年が明けてからは職場のテレワーク要請も解除になり、オフィスの活
気も以前の状態にもどりつつありますが、この春に入社した人たちの学生時代は新型コロナと
ともにあったわけですね。せめて研修期間中くらいは和気あいあいと楽しく過ごして欲しいと
思います。
新卒採用の選考を振り返ります。意匠設計の選考では学生時代の作品ポートフォリオの提出を
課しており、1次面接に進めるか否かが決まる重要な書類になります。ここ数年の傾向としては
CGレンダリングを用いるケースが増えており、従来の模型写真と数的に逆転したと思います。
多くの場合がLumionやTwinmotionを使うため、表現としての差はつきにくい状況とも言えま
すが、たまに美しいレンダリングの場合はついつい面接で制作過程を細かく質問してしまいま
す。ポートフォリオのまとめ方についても誰かが指導しているのか、学生本人のパーソナリティ
を交えて上手にまとめられておりプレゼン力を感じることが多いです。
もう一つ小論文的な提出物も課しているのですが、ChatGPTが広まってしまった現在では意味
が無くなったかもしれません。まだ社内で議論はなされていませんが、生成AIを用いた文章の
提出物はどう扱えばよいでしょうか?ChatGPTの開発元であるOpenAI社はAIが生成した文章
かを判定する「AI Text Classifier」を公開していますが精度はイマイチのようです。(SF好き
な私は映画「ブレードランナー」で人間とレプリカント(人造人間)を見分けるフォークト=
カンプフ検査を思い出してしまいます。)夏休みの読書感想文の宿題ならば本のタイトルを指
定したら一瞬で出力するので、教育の現場は悩ましい事態でしょうね。
上記の書類選考と1次面接の次は手描きの即日設計となります。ポートフォリオはCGレンダリ
ングで見た目の差が出にくいのもありますが、グループ制作のケースも多く、ご本人がどこま
で手を動かせるのかを測りたくなります。一級建築士の製図試験もそうですが、ここでは手で
描いてもらうしかありません。即日設計の課題は毎年変わり、人によっては用途によって馴染
のあるものとないものがありますので、経験と知識の差が出るかもしれませんが、知識の量は
ここでは決定的な優劣に繋がるものでは無いと思います。手描きは自分の思考を伝えるための
原始的かつ基本的な手段なのは昔も今も変わらずです。
私自身、大学受験まではテスト前に詰め込む様な知識の習得に偏重していたと振り返ります。
まさにインプットの連続です。一方で社会に出てから求められるのはアウトプットの連続であ
り、思考を表現するスキルです。スキルと知識の違いについても定義がいるかもしれませんが、
私が思うスキルとは何らかのアウトプットを行うための技術です。知識とは何らかの情報を理
解している状態を指しており、アウトプットのためには知識もスキルも必要ですが、それらを
習得するのは別々な方法が必要だと思います。知識は書籍や様々なメディアに触れることで得
ることができますが、スキルの習得は実践で身に着けるものではないでしょうか。「働き方改
革」のために若手の「実践する時間」が減少していることは少し心配です。より良質なアウト
プットのためには高次な知識や理論が要るのでそれらをインプットする時間をどこで稼げるか
も考えなければなりません。
話を戻しますが、即日設計で求められるのはその知識と表現スキルのバランスであるように思
えます。審査する側にとって、手描きで表現された紙面から得られる情報は多く、何を伝えた
かったのか、自信を持って描いていたのか、その筆圧からも伺うことができます。実務でさん
ざんBIMを使えと煽っておきながら、試験では手描きなのかと言われそうですが、デジタルデ
ザインに長けた人は手を動かしてもしっかり描けるだろうという、これは願望に近い想いです。
一方で長年組織での仕事に染まってしまったゼネコン設計部職員の中には最早自分で絵が描け
ない人もいますし、BIMを知識として身に着けながらまったく実践で用いることがない人がい
るのも事実です。私はこのような先が読めない時代なので、限定された環境でしかアウトプッ
トが出来ない設計者にはリスクしか感じませんし、職場において周囲にはマルチロールな人材
になるように勧めています。これは以前も書いたかもしれませんが、同じような選抜試験と採
点基準を繰り返して形成された集団は多様性に欠けており、今まさに起きている社会の変革に
追従する力が足りないかもしれません。
時間が過ぎるのを早く感じる理由は加齢のせいかもしれませんが、一方で楽しい時間は早く過
ぎるとも言います。これはドーパミンのせいらしいのですが私の場合はどっちでしょう。
人間の脳は謎が多いですね。