建築情報学会白書ができるまで
2023.10.24
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 / 東京大学 石澤 宰
建築情報学会白書という雑誌があります。書影にあるような冊子なのですが、ご覧になったこ
とのある方は少ないかもしれません。なぜなら非売品であり、紙媒体としての流通は同会の賛
助会員ゴールド企業以上と著者関係者に限られているから……ですが、実は「特集 第一部」に
ついては会員・非会員問わずどなたでも建築情報学会ウェブサイトからオンラインでご覧いた
だくことができます。
先ごろ無事に第2号となる2022-2023年版を発行することができました。石澤は創刊号となっ
た前号より編集委員、今号よりこの雑誌の編集委員長を仰せつかっております。今号は
岡本章大さんを編集に、泉美菜子さんを装丁にお迎えして、学会ロゴをフィーチャーした新た
な装いの一冊となりました。
大学のころ参画したワークショップ課題で「本を作る」というものがありました。どのぐらい
作るのかというと、なんとまずフォントを自作するところから始まり、そのフォントをタイポ
グラフィとして本の内容を作り、印刷し、装丁をデザインし、厚紙と糊で上製本として仕上げ
るところまで作る、というものでした。その時の感覚で「本というものは作れる(物理的に)」
という理解は備わっています。
ただ、そうは言っても、です。何か書いてある紙を綴じて本にできるということと、それが学
会の活動をアーカイブするという機能を持ったものとして適切なものであるということとは話
が別です。私が自分で作って自分で大事にしているオリジナル本と違って、書籍には読者がい
る。読者に何を届けるべきか、何を届けたいか、届けたい中身をどうやって作り上げるか。本
気で考え始めたらきりがないテーマであり、今振り返ると創刊号は「このへんの重大さが肌身
では解っていなかったからこそ走り抜けられた」ような気がしています。
今を遡ること約3年、2020年12月に建築情報学会の発足と同時に一冊の書籍が誕生しました。
「建築情報学へ」と題したその本は、著者が24人もズラリと並んでいるちょっと変わった本
で、石澤はこの書籍の企画と執筆に携わっていました。
以前のコラムでもほんの少し触れたこの書籍は、これからその名前を冠して行こうとしている
建築情報学とはどんなものかを本にしようと試みたものでしたが、その〈境界線〉を引くとい
うのはとても難しいことでした。どこからどこまでが建築情報学なのか、何は〈中〉で、何は
〈外〉なのか、それを決めてしまうことで失うものはないのか。それらはいくら議論しても結
論の出ない話でした。
このプロセスでわかったことは別なところにあり、それは「“この人のこの活動は建築情報学的
である”ということにはある種の共通理解がありそうだ」ということでした。多方面に活躍され
る方々をあれこれと思い浮かべると、建築情報学というキーワードが補助線となって〈つなが
り〉が見える。そうした方々に、建築情報という分野について発問することで、建築情報学と
は何かという質問に少しずつ答えていけるのではないか。そしてその像は時と共に変化してゆ
くのではないか。そのような考えから、私にとって建築情報学の最重要キーワードである「多
声的」なメディアを作ろう、というコンセプトにたどり着くことになりました。
この経験が型となり、現在の建築情報学会白書もまた、インタビューと寄稿により多くの方々
に論考をお寄せいただく「特集」がメインパートとなっています。豊田啓介さん、谷口景一朗
さん、住友恵理さん、池本祥子さんと私からなる編集委員ではどんな方々にお声掛けをするか
という企画会議を行っており、今号に関しては総勢97名のお名前を挙げながらご寄稿くださる
方々を探っていきました。これは魅力あふれるリストで、どなたのお話も伺ってみたい中、限
られた紙幅の中で読み物としてどんな構成・バランス・メッセージがよいかを検討してゆきま
した。皆様ご多忙を極めるなか、この主旨にご賛同いただいた方々のお力添えによってこの特
集は成り立っています。
いまひとつの重要な要素は学会の活動報告パートです。オンライン活動に加え対面のイベント
も増えてきた同会、多くの活動を記録し振り返るという機能もこの白書にはあります。各委員
会による定常的な活動のほか、年1回開催される総会としての建築情報学会WEEKやジョブフェ
アなどのイベント、建築情報の定点観測を試みるセンサスの分析結果なども収録されています。
これらに加えて、白書とその周辺をさらに深く読み解くための「座談」企画があります。目
まぐるしく変化する1年間の出来事を学会理事が振り返りその意義を見つめる「オーバー
ビュー」に加え、上記特集を受けてさらに議論を深める「白書レビュー」が収録されています。
レビューでは神奈川工科大学より北本英里子先生、鹿島建設より長谷川直人さんを交えた中で、
デザインリサーチャーであり株式会社オトングラス 代表取締役の島影圭佑さんは、建築情報学
会および白書について「建築情報に関わる人間を研究する建築情報“人間学”的研究」と表現さ
れ、私にはこの言葉があちこちに染み渡っています。
建築情報学的な興味とは、技術や表現、課題解決手法に対する関心であるだけでなく、それを
実践する一人ひとりの個性・熱量・関心領域と地続きであるように私は感じています。多かれ
少なかれ学会とはそういうものかもしれませんが、コミュニティのサイズも相まって、より個
人の顔と名前を近くに感じることは、大きな価値ではないかと思います。だからこそ上記のよ
うな編集方針を採用しようと考えた、と今なら理解できる。
思い返せば、建築情報学会の立ち上げに参画するに至った私なりの動機は、そうした活動に
チャレンジし続ける方々がつながって一つのクラスタを形成する、そのための触媒が必要だ、
というものでした。「達成感も苦労も共有してもっともっと話したい!」という欲求が心のな
かにパンパンにあって、他の方々のバイタリティに触れて色々な可能性を考えてみたいと思っ
ている人たちが醸し出す空気があって、そこに何かしたい。これから会が大きくなったり世代
が変わっていったりしても、その人間学的な手触りを持ち続けることは単純ではなさそうです
が、刊行物という形を通じてそのための機運を作っていきたい。Vol.2を発刊し終えた今、よう
やくそれが言葉にできるようになりました。
なんか書いてみたら今回はだいぶガチな感じになり、お?石澤どうした?とご心配を頂戴する
とアレなので、通常営業のお示しとしてでんぱ組.inc アイノカタチ(クリックするとYouTube
へリンクします)の歌詞を一部引用いたします。どんな話題でもアイドルから学べることがあ
る。
愛の形ってどんなの?さあ… まだまだ私にゃわかんない
想像よりも大きくて きっと両手じゃ収まんない
愛の色は?ってどんなの?ああ… どれほど美しいかわかんない
想像なんてつかないよ だってそれぞれの色 それぞれの形が
愛を作っているっぽいんだから
アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ
どうすればここにあるって証明できるの神様
アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ アイノカタチ
どうすれば心の奥へたどりつくのかな
建築情報学会は来るArchi Future 2023にてもセッションを開催します。申し込まれた方は、
ぜひお越しください。
なお、最新号の発刊を以ちまして、建築情報学会のすべての会員に昨年版の内容を全文公開し
ております。上記のような視点で振り返るとまた改めて渾身のラインナップである2021-2022
年版を、ぜひ多くの方にお読みいただきたいと切に願っております。新規入会も心よりお待ち
申し上げておりますのでこの機会に是非ご検討ください!