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コラム

地方のBIM

2023.11.28

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

庄内に来ていただけませんか
 
ありがたいことに最近、ArchiFuture Webのコラム読んでます、というお声を耳にすること
が多くなった。先ほどのお誘いの主は、BIMを相手に孤軍奮闘している私の姿に親近感を覚え
たらしい。もちろん、二つ返事で了承し、山形県鶴岡市への出張が決まった。
 
山形県の海側、庄内地方でBIMを推進する任意団体にお声がけいただき、その研究会でちょっ
とした講演をすることになった。東京から飛行機で約1時間。その後の予定の関係で行って帰
るだけの出張であったため、少し値は張ったが、折角なので坂茂さんが設計したSUIDEN TERRASSEに宿泊することにした。
こういうことはなぜか私にとってはよくあることなのだが、宿泊当日は運悪く宿泊棟の2/3ほ
どが改装工事中だった。足場とメッシュシートが張り付く建物の手前に見えたのは、美しい
SUIDENではなく田植え前のただの水田であった。互いに引き立て合う建築とSUIDENは、そ
の片方を失うと建物と水田となる関係性の中でのみその良さを知る。人間はつくづくその
ような生きものであると感じた。
 
さて、今回の主題は講演会ではなく、翌日の勉強会である。庄内地方で、実施設計の段階から
設計事務所に技術的助言を提言するために建設会社を参画させるモデルを作りたいという
市部では建設会社による設計支援は民間の案件でよく行われる事であるため、ごく普通のこと
だと思っていた。理由は定かではないが、ここではどうもそうではないらしく、民間発注で
あっても設計と施工が施工前に交わることはないらしい。
そこで庄内では、ECIの考え方に習い、契約を交わして施工者を早期にプロジェクトに組み込
むことを画策していたその中で設計段階での設計者と施工者の技術的やり取りを円滑かつ
効果的に行うために、うまくBIMを活用できないかと考えていた。これはまさにフロントロー
ディングであり、それにBIMが有効に機能しない訳がない。
 
もちろん都市部にもそういったBIMの活用は必要であるのだが、地方は人もお金もギリギリの
中でプロジェクトが進められており、儲けではなく「できる」か「できないか」というより追
い詰められた状況の中で、BIMに救いを求めているように私の目には映った。
これは至極自然なBIMの活用であると思われたし、このような状況になぜか未来を見るようで
興奮を覚えた。
 
一般的な話として東京や大阪などの都市部はBIMの導入が進んでいて地方は進んでいない。
庄内地方も例外ではなく、多くの企業がBIMソフトを導入していないらしい。しかし前日の講
演会では、平日昼間にもかかわらず100名以上の方々が集まった。BIMに対する期待の表れで
あり、地方建設業における危機感の表れでもあると感じた。
都市部でBIMの導入が進んだ後だから地方では普及が早いだろうという予見があるが、それは
誤りかもしれない地方には地方、もっと言えば、地方によってもその地域ごとに都市部とは
別のBIMを導入するモデルが必要でそれをこれから模索していかねばならない気がした。ち
なみにこれは福岡で建設会社を経営しながら現在博士課程に在籍中のYさんの研究テーマでも
ある。
 
師走に向け忙しさが加速する中でふと25年以上前のことを思い出した。修士論文の執筆で忙
しい中、生協で売られている安部公房の作品を全巻買い占めてしまったことがある。しかしな
ぜか代表作である「砂の女」だけは、それ以前からハードカバーのものを所有していた。
砂の中の水のない世界において、水を入手できるというある意味での自由を自分だけが手にし
た途端あれほど抜け出したいと思っていた砂の中に留まることを決意するという話である。
その相対的な価値観に、当時おおいに衝撃を受けた。
 
地方でBIMを利用する。水田がSUIDENに変わるように、関係性の中でBIMが異なる輝きを放
つことがきっとある。また、それはまるで砂の世界で水を発見したような、そのような魅力が
あるのではないかSUIDEN TERRASSEと砂の女少々言葉足らずだがこれを一昨年のコラ
BIMで儲けるで紹介した米子地場ゼネコンに所属するN氏の問いに対するひとまずの回
答にしたいと思う。
これからBIMが地方の建設の世界をどう変えていくのか。そこにもう一つのBIMの未来がある
ように感じた。



 

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授