あのころの未来に僕らは立っているのか
2024.06.11
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
「48時間戦えますか?」某栄養ドリンクのCMではなく、15年前の2009年に開催されたイン
ターネット上で競う48時間制限のバーチャル設計コンペ「Build Live Tokyo 2009」の話です。
実際私が若い頃は「24時間戦う」ことは珍しいことではなく、仕事で二徹したとか三徹が限界
だったとか言っていたことを思い出しました。令和視点で考えると有り得ないこの耐久レース
を一度ならず結局2018年まで参加していたのは何か魅力があったのでしょう。建設業の
2024年問題に直面した今だからこそ振り返ることに意味があるような気がしました。どこへ
たどり着くのか見えてませんがとりあえず書き進めてみますのでどうかお付き合いください。
海外ではBIMStormと呼ばれる同様のイベントが開催され、48時間でこのような成果があっ
たと報告を見ていました。当時BIMを習得した私たちも力試しをしたいという思いがあり、
IAI日本(現buildingSMART Japan)から日本版BIMStormを開催すると告知があったときに
は渡りに船とばかりに参加を決めました。事前の目標設定として、意匠・構造・設備のBIM連
携とCGアニメーションを含めたビジュアライゼーション、CFDを用いた環境解析、3Dプリン
タによる模型作成、施工検討などを考え、今見ても欲張りな内容でした。現在の通常業務で回
したら最速でも3週間程度は必要でしょうか。複数の人間が複数の場所で同時並行作業を行い
全体で48時間まで短縮するコンカレントエンジニアリングの究極形と言えます。
実は設計の人間がCFDに触れるのはこのときがほぼ初めてだったと記憶しています。それまで
は技術研究所の人間しか触っていませんでした。ソフトウェア間の連携も万全ではなく、今思
えば稚拙なデータ連携でしたが、これが切っ掛けでIFC連携の手法は数年で洗練されました。
また解析ソフトは使えれば終わりではなく、計画にどうフィードバックさせるか考察ができる
知見が使用者には必要であると気付かされました。3Dプリンタも造形速度が遅く、とても小さ
い模型で妥協するしかなかったのです。
それでも48時間の極限状況を体験することでチームとしてのコミュニケーションは醸成され、
途中の様々な気づきからデザインを修正していく手法を覚えました。また最も大きな収穫は、
これらの一連のアウトプットはBIMでしか成し得ないという確信でしょう。今でも一部にBIM
より2次元CADの方が仕事は早いと思っている人はいますが、圧倒的にスピードも質もBIMの
方が優っているのは東日本大震災後の実務で経験済みです。
Build Liveに取組んでいた約10年の期間は主にデザインの為のBIMでした。そしてその後に生
産の合理性の為のBIMに軸足が移りました。社内でも設計BIMと施工BIMという二つのBIMが
あるかのような呼び方が定着し、やはりゼネコンである以上は後者の方に注力するのも致し方
ないところではあります。ただあの頃の日建設計の山梨さんがイメージリーダーだった「かっ
こいいBIM」感は薄まってしまったと思います。それはBIMの専業化・分業化が定着したこと
とも関連するかもしれません。
2021年に国土交通省が「建設業の働き方改革の現状と課題」を発表し、そこで建設業が抱え
る2つの問題、「人材不足」および「長時間労働」が挙げられています。また建設業就業者の
高齢化の進行が深刻であることが示されています。人材の確保と次世代への技術継承も大き
な課題です。
最近建設会社のテレビCMを頻繁に目にするようになりました。B to Bの業界ですから、これ
は採用のための広報活動と理解できます。少子化が進む中、優秀な若者がこの業界を目指し
てくれるか否かは重要なので業界全体のイメージアップに繋がればいいなと期待しています。
しかし今は転職サイトの広告が目に入らない時はないほどジョブチェンジもカジュアルに
なった時代です。入社してそのイメージが幻想であると思えば離職率が高まるだけかもしれ
ません。
建設業界は結果的に人手不足が解消しない状況のまま、長時間労働の是正・待遇改善に突入
し、工期の遅れや品質の低下がリスクとして存在しています。省人化や生産性向上の切り札
としてICTやDXを担ぐことは多いと思います。ただ実際のところそれらが定着し効果を発揮
するまでのスピードと比べ、すでに高齢化が進んでいる建設技術者がリタイアしていくス
ピードの方がどうも速そうです。もうあと数年で2030年問題、日本の人口の3分の1が65歳
以上になる超少子高齢化社会が待っています。あらゆる業界が人手不足になるため、既に高
齢者の就労者が多い建設業では、より大きな影響があるでしょう。
ここまで書いてみてやっと私の今回の主題が見えてきたのですが、そんな人材の奪い合いにな
る時代に担うべきBIMの役割として「教育」の側面を強調したいと思います。新卒の新人を即
戦力にする活きた教材あるいは業務のプラットホームとしてBIMは効果があるのではないで
しょうか。施工段階まで煮詰めたBIMデータは竣工後に維持管理で活用する以外にも次の類似
物件で使える良い参考資料になり得ます。参照するだけでなく流用設計としてデータそのもの
の再利用も積極的に行うべきと思います。これまでもベテランの設計者が自身の使っていた
ディテールを若手に残して退職するというケースはありましたが、それが3次元のBIMで使い
勝手の良いデータであればより多くの後輩たちにとって有用性があるでしょう。冒頭ご紹介し
たバーチャル設計コンペも、当社では設計の新人研修においてチームを編成して取り組む「課
題」として残っています。
現実であるかBIMのようなバーチャルであるか差異はあっても、モノを作ることの面白さは変
わらないと思います。マインクラフトがあれだけ子供に人気があるならば、建築に興味を持っ
て将来この業界を目指してくれる若者たちがもっと増えても良いと思うのです。またこれがメ
タバースだったらどうでしょう。少しビジネスの可能性も開けませんか?
以前会社の子供向けのイベントでBIMソフトを触ってもらう企画をやっていたのを思いだしま
した。小学生には自分の部屋に付けるピクトサインをデザインしてもらってそれを3Dプリン
タで出力して渡しました。中学生なら普通にインテリアのデザイン考えて内観CGを作るくら
いは余裕で出来てました。自分で形を決められる楽しさ、モノをつくることの面白さを知って
もらえれば、まだまだこの業界は魅力があると思いますが、如何でしょう?