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コラム

BIMによる分断

2024.07.18

パラメトリック・ボイス                   GEL 石津優子

現代社会における発言の難しさとその影響
現代社会では、自分の意見を述べることがますます難しく感じられることがあります。特に職
場やコミュニティにおいて、意見を述べることで逆に不利な立場に立たされることが少なくあ
りません。「苦しい」と訴えれば「お前だけじゃない」と返され、「改善したい」と言えば
「我儘言わず我慢しろ」と突き放される。このような経験は、特に少数派に属する人々にとっ
て、声を上げることをためらわせる大きな要因となります。

言語化能力と対話の難しさ
意見を言いにくい背景には、言語化能力が高い人たちが強い現代社会で、対話を求めて出向い
ても、言語化が得意な人に論破され、伝わらないだけはなく、さらに個人の特性や性別、出身
地などでカテゴライズされて二重の侮辱を受けることさえあります。このような状況は、恥を
かく恐怖からますます発言を控える心理を助長します。変えられないものを目の前に恥や笑わ
れるという緩やかな不快感は、耐え難いものです。大半の人はこの不快感から沈黙を選び、明
らかな差別やハラスメントではない緩やかな攻撃が、反骨精神を掻き立てることすら奪い、た
だ絶望してしまうこともあります。特にそれが善意からくるものならば尚更です。

BIM導入の難しさとフィードバックの欠如
例えば、クラウド系の通信付加の高いソフトウェアを導入した際に、ソフトウェアだけでなく
インターネット回線も改善しなければならないと指摘した場合、「お金も時間がかかるから少
しくらい待てば良い。○○だから待てないのかな。昔はもっと時間がかかっていたよ」と軽視
されることがあります。結果として、サービスが契約されても、現場ではクラウドを使用せず
ローカルでの作業が続くという非効率が生じます。導入前はローカルで行っていたので作業と
しては困ることはなく、新しい技術を導入しても以前の方法から現場は変えてくれないという
ような状況が生み出されます。「扱いにくい人」というレッテルを貼られてまでもわざわざ新
しい方法の導入に協力的である必要はないと現場に判断されてしまう結果となります。

導入した人たちは現場が楽になるだろうと配慮をしています。その配慮されている状態での不
満こそ言いにくいのですが、そこを言わないと使えそうで使えないDX案が増えていきます。
使えないツールは、本来フィードバックを得た上で改善されれば良くなるのですが、その
フィードバックが正しく行われないため機能していないということです。

意見を言える環境の重要性
このようにBIM活用をはじめとする新しい技術を導入する難しさは、導入した後にフィード
バックをうまく機能させることができないという状況に深く関係しています。BIMに携わる人
たちは、設計者だけではもちろんありません。BIMを整える役割の人、BIMからデータ活用を
考える人、そのためのツールを開発する人と様々です。その異なる属性の人たちが意見を言え
る環境なのかで活用深度が変わっているように感じます。心理的安全性という言葉で表現され
ることがありますが、意見をいっても良いと思える環境づくりというのが一番重要なのではな
いかと考えます。

デジタル技術の優劣の問題
技術を導入して分断が生まれるのは、古い、新しいと2つに分けられ、世代間で分けられ、わ
かる・わからないという2項対立の構図がすぐ出てきてしまうところにもある気がします。わ
かる人たちだけで進めればよいという傲慢な考えや、技術を習得し、他者より優れていると見
なされることに対しても危惧があります。

確かにデジタル技術やデジタルデザイン、今でいえばAI技術を使っていることで得られる利益
は大きいものだと思います。しかし、だからといって、その担い手たちが使っていない人たち
より優れているという話ではないという思想を広めることもBIM教育で大切だと思います。技
術習得までの過程や努力は称賛すべきだけど、技術を習得している人が優れているわけではな
く、習得度合いの話であり、優劣ではないということです。最近は以前に比べてより分断され
ていると感じるのは、BIMを使わないことで、無能や古い考えを持つとレッテルを貼られる状
況下で職場や社会から疎外される感覚を拭うことができていないところにあり、BIM関連の教
育をしている立場からもその不安をあおるような方法をなくしていきたいと願うばかりです。
できなくても良いと言えという話ではなく、サポートをすればソフトウェアの操作は誰でもで
きるようになるのでできるまで練習をできるようにサポートするという「取り残さない教育」
のようなデジタル格差を生まないための努力は、組織全体として実施すべきだとも感じます。

コンプライアンスと対話の重要性
コンプライアンスの観点から意見が言いにくくなったという話もありますが、それは新しい社
会規範で対話の練習をしていないために当然のことかもしれません。自分一人で声を上げるの
が難しい場合、同じ意見や課題を共有する仲間を見つけることが重要です。連携することで、
個々の声が集まり、大きな力となります。

効果的なコミュニケーションのために
私自身、自分の意見を論理的かつ明確に伝えるための対話術を学ぶことの重要性を感じていま
す。連携と支援、効果的なコミュニケーションスキル、自己肯定感の向上、建設的な批判の受
容など、多角的なアプローチを試みることで、より発言しやすい環境を作ることができると感
じています。これにより、組織内での意見交換が活性化し、真に有用なフィードバックが得ら
れ、効率的なシステムやプロセスの導入が可能となるのです。

民主的なアプローチ
発言の難しさは、組織の効率や新しい技術の導入に大きな影響を与えます。特にBIMのような
複雑なシステムにおいては、フィードバックの重要性が増しています。従業員が安心して意見
を述べられる環境を整えることは、業界全体の成長と成功に不可欠です。どの技術を導入した
かというチェックリスト方式ではなく、文化の見直しと、フィードバックのプロセスを改善す
ることで、現場の声が正しく反映され、有用なシステムが構築されることを目指すべきです。
このようにして、個人の声を尊重し、組織全体の効率と革新を促進することが可能となると信
じています。従来技術だと大量のデータを個別に扱うことが難しく、小さな事象は無視して大
きな事象のみに対応していく方法でしたが、現在の技術を使えば、少数派の意見も同じ1事象
として扱うことができます。システムは、みんなで対話によりつくるもの、その民主的なアプ
ローチを実現するために、技術の担い手としてできることを努力したいと思います。

石津 優子 氏

GEL 代表取締役