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コラム

五感とデータが織りなす建築を支える
BIMの進化と可能性

2024.12.12

パラメトリック・ボイス            安井建築設計事務所 村松弘治

五感に響く建築:BIMを活用した心地よさの追求
心地よい建築とは、そこに住む人や訪れる人の五感に深く響くものなのではないだろうか。こ
のような建築を実現するためには、とりわけ事業の初期段階、企画の段階からそのような視点
を持って進める必要がある。
筆者が入居する美土代ビルではこの考えを試行してきた計画段階からBIMモデルをもとに、
使い勝手や環境のシミュレーションと分析を行い、自然通風や採光などの要素を検証し、その
結果を自らの感覚で評価しながら心地よさを追求している。たとえば、ビニールカーテンで
囲った外部からの風を取り込める「テラス」では、夏場に空調を止め自然風だけで過ごせるか
試みてみたが、意外にもシミュレーション通り快適に過ごせることも実感できた。
また、BIMモデルを用いた精緻なシミュレーションからは、時間や場所ごとに快適さが異なる
ことがわかる。朝日を浴びて活力が増すエリアや、安定した採光と温熱条件下で長時間快適に
過ごせる場所など、得られた環境情報をもとに、最適な場所を選びながら個々の作業の効率を
向上させることも可能になっており、想定はしていたものの、こういったBIMと人の感性との
関連が実際に結びつくという経験は非常に興味深いものがあった。

BIMが紡ぐ未来:感性とデータがつくりだす新たな建築
最近開催されたマロニエBIMコンペかながわ2024では、BIMをはじめとするデジタルツール
を用いて人の感情や思いを可視化し、建築づくりや都市づくりにおける共有体験の場を提案し
ている印象的な若手設計者のグループが最優秀を獲得した(マロニエBIMコンペかながわ
2024 - ⫺ 二次審査結果発表
)。彼らは「桜」を景観の対象に、目線や動線、風の流れなどの
データを収集し、人の視野の持つ範囲のシミュレーションを通じて、建築内部への視線のつな
がりとともに内部におけるアクティビティを検証しているのだが、注目すべき点は、この時の
プロセスが日常的に快適なシーンを示唆するだけでなく、魅力的な日常生活やまちへの愛着を
深めるデータベースにもなりうることを示しているところにある。
つまり、BIMプロセスのデータは、「図面に現れない、あるいは残らない検討段階のデータを
引き継ぐ」とともに、それが将来、オープンデータ化されることで、個々の建築がまちへとつ
ながり、広がる可能性を秘めているという極めて重要なメッセージを発していたように思う。
このように、BIMで設計することが当たり前な世代にとっては、単にBIMの属性情報を構成す
るにとどまらず、人の感性やイメージも組み込むプロセスツールとして使い始めているとこ
ろに、BIMの新たな展開とポテンシャルをも感じた。

コミュニケーション型BIMの可能性:感性を活かした建築と環境の進化
このように、心地よい建築を実現するには、シミュレーション技術の活用が欠かせなくなって
きている。とりわけ事業初期、基本構想からBIMを積極的に活用し、シミュレーションによる
分析やスタディを繰り返すことが最終的に有効な結果を得ることにもつながる。実際にこの方
法を取り入れた美土代ビルでは、築60年の延べ面積20,000㎡を誇る大型ビルにもかかわらず、WELLゴールド認証、ZEB-Oriented、アップフロントカーボン96%削減、エンボディード
カーボン48%削減を達成しているし、さらにオペレーショナルエネルギー消費の削減にも成
功している。更にAI分析などが加わると、新たな思考の拡大も見えてくるだろう。
従来のBIM建築属性情報に加えて、温熱・音・匂い・潤いといった環境要素に加え、人の感性
やイメージを取り込むBIMの持つ新たなインフォメーションをうまく活用することで、より快
適な建築空間づくりや場の質を高めることにつながるし、何よりも建築を考える「プロセスを
データ化」し、蓄積することで、建築のコンセプトの確認とともに、時には改善につなげるこ
とも容易になるだろう。
BIM新世代の思考による新インフォメーションの活用、いわゆる「コミュニケーション型の
BIM」にこれからも注目したい。



村松 弘治 氏

安井建築設計事務所 取締役 副社長執行役員